韓国大統領の大きな失敗……光州事件を描く秀作「つぼみ」

大統領により「非常戒厳」が発令され、それがすぐ撤回され、今は、大統領は現職のまま逮捕されている。そんな韓国を、驚き、呆れながらも、これからどうなるかと注視している。

韓国で民主化が実現されたのは1987年だが、「戒厳令」が発令されたのは、45年ぶり。前回は、1979年にパク・チョンヒが暗殺された直後である。昨年9/20の回で「ソウルの春」を紹介したが、あの映画に似たことが、今回実際に起きたのである。

大統領ユン・ソンニョルは「北の陰謀を食い止める」と考え戒厳令を出し、軍を議事堂に侵入させたが、やり方が非民主的。まことに持って「殿、ご乱心!という感じであった。
私が最も信頼する在韓の韓国ウォッチャー黒田勝弘さんが「文藝春秋」2月号に書かれた分析はとても面白いものであるので、簡単に紹介させてもらう。

昨年、「ソウルの春」が大ヒットし(歴代5位の動員)、作家のハン・ガンがノーベル文学賞を受賞した。多くの国民が、この映画を通じて往年の軍への不満、怒りを共有した。ハン・ガンは光州出身で、代表作は「光州事件」を題材にした「少年が来る」である。
つまり、昨年の韓国社会は、話題の文学と映画を通じ「戒厳令およびクーデター」への嫌悪と憎悪が溢れていたといっていい状況であり、この世の中の空気に抗うような戒厳令宣布は勝ち目がない、と黒田さんは言う。

光州事件に言及した映画として「ペッパーミントキャンディ」等があり、これは既に紹介している。もう一本、忘れられない映画が「つぼみ」(1996)である。タブーだった光州事件を初めて描いた映画である。

「つぼみ」監督:チャン・ソヌ 出演:イ・ジョンヒョン ムン・ソングン他

「つぼみ」監督:チャン・ソヌ 出演:イ・ジョンヒョン ムン・ソングン他

地方の街で、中年工場労働者(名優ムン・ソングン)は浮浪者のような少女に付きまとわれているうちにオンボロ一軒家で暮らすことになる。少女はほとんど気がふれたような感じである。段々分かってくるが、光州事件で母親が虐殺されてしまい、それを目撃した娘は頭がおかしくなったのである。そこからこの事件の悲劇性が立ち上がる。

映画の冒頭は、戦車や武装した兵士が映る当時の記録映像。ドラマの中で、戦車が市民たちを蹂躙するシーンではアニメが使われた。これが効果的だった。
タイトルの「つぼみ」は、事件の前、少女も普通だった頃、戸外の木の下で、平和に陽気に流行歌を歌い踊るシーンがあるが、その流行歌の題名である。この映画、日本でほとんど知られていないと思うが、韓国映像資料院(日本のフィルムセンターに当たる)編集の「韓国映画100」に選ばれている映画である。

韓国の大統領は権限が大きすぎるという指摘をよく目にする。国王と帝王と君主を合わせたような強大な権力らしい。政治の権力のみならず、軍隊のトップだし、金融や報道のトップでもあるそうだ。そうすると、大統領の判断が狂うと誰も止められなくなる危険性がある。
日本の政治意識は低く総選挙の時も投票率は5割前後だ。韓国の大統領選は直接選挙であるから大いに盛り上がり75%を超えている。この方が、政治に関心を持つに決まっている。
日本も直接選挙で首相を選べばいいと思ったりもするが、韓国のようになってしまうのも考えものである。

さて、韓国のノーベル賞について一言。韓国のノーベル賞受賞者はまだ2名である。最初の受賞者は大統領のキム・デジュン。2000年に北の指導者キム・ジョンイルと南北首脳会談を行い、これにより朝鮮半島の平和に貢献したと評価された。研究分野での受賞者はおらず、ハン・ガンが文学賞を受賞したのは韓国国民にとって大変嬉しかったことだと思う。

ソウル最大の本屋は「キョボ文庫」と言う。今は新しい建物になったが、旧館の入り口の階段に、世界の様々なノーベル賞受賞者の写真が貼ってあり、その横に、「ノーベル賞受賞のために私たちも本で貢献します」という意味の標語が大きく掲げてあったことを覚えている。
10時の開店の時、階段を下りて店内に入ろうとすると、階段の両側に制服を着た若い女性たちが10人位並んで、入っていく客に対し大きな声で「オソオシプシオ」(よくいらっしゃいました)と一斉に声を出して頭を下げた。胸には「誠心誠意 お客様にご奉仕いたします」という文字の入ったタスキを掛けて。健気だと思った。
ついに、ノーベル文学賞も出た。大きな格差、日本以上の少子化、高齢化など問題もあるが、日韓協力しあってアジアの平和と安定を目指さねばならぬ。

(by 新村豊三)

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