ジャックの言葉を聞いた途端、ジョーの目が釣り上がり、眉間にシワがよった。
この当時はやたらに気が短かったジョーは、ジャックの首根っこをつかみ、ナマコ面の目の穴から顔を覗き込んで凄んだ。
「帰りたくないだと? おい、ふざけてんじゃねえぞ。子どものわがままにつきあってる暇はねえんだ」
ジャックは耳をヒュッと後ろに倒して、全身を硬直させた。
そこへ磁天がやんわりと割り込んだ。
「待て待て。そんなことをしたら何も話せなくなるだろう。その手を離しな。大丈夫、この子は逃げねえよ」
ジョーがしぶしぶ手を離すと、ジャックは二人の大人の間に浮かんだ。
磁天はジャックと目の高さを合わせて、落ち着いた口調で話しかけた。
「坊主、帰りたくねえってのはどういうわけなんだい? 仔細を聞かせてくれねえか」
ジャックは面を被った顔をうつむけて、沈んだ声を絞り出した。
「……い、言っても、きっと信じてもらえません」
「信じるさ」
磁天は力強くうなずいた。
その声に励まされたように、ジャックがおずおずと顔を上げた。
ジャックは面を外した。その下から現れた顔を見て、ジョーはあっと声をあげた。
あの黒蛇団のボスとそっくり同じ、ただし、はるかに若い顔がそこにあった。
「ぼくは、ボスのクローンなんです」
ジャックは強く訴え、それから押し黙った。大事なことはその一点だと言わんばかりだ。
ジョーは釈然としない気持ちになった。
「クローンだからどうしたってんだ。確かにクローンは珍しい。金持ちじゃなきゃできねえもんな。俺も実際に会ったのは初めてだ。だが、クローンは普通の人間と同じだ。そういう法律がある。傷つけられたり殺されそうになったりしたら警察に言えばいい。クローンだってことと、家に帰りたくねえことは関係ねえだろ」
ジャックは黙ったままだ。まるで、ジョーが気づくのを待っているようだ。
ジョーの頭の中で、あることが閃いた。
「待てよ……本体とクローンが同時に存在するのは禁止されているはずだ。本体が死亡したときのみ、クローンを起動することが認められている。一人の人間につき体は一つ。それが決まりだ」
ジャックは子どもの顔に、子どもらしくない分別くさい表情を浮かべた。
「その通りです。ぼくは社会的には存在しない人間なんです。ぼくの存在理由はただひとつ。ボスの記憶の保管庫です」
「記憶の保管庫?」
ジョーと磁天の声が重なった。ジャックはますます思い詰めたような顔で話し出した。
「ボスはいろいろな秘密情報を持っています。抗争相手のボスの弱点といった小さなものから、立体都市の運営に関わるような大きなものまで。それらの情報をうまく使って、途方もないお金儲けをしています。その中でとりわけ重要な情報は僕の頭の中に移して、自分の記憶は消去するんです。敵対する勢力や警察に捕まって自白を強要されても、記憶がないから漏らす心配がありません。ボスの頭には『何々に関する情報』というラベルだけがあって、情報そのものはぼくの頭にあります。ぼくはそれを普通の意識で記憶しているわけではなくて、無意識の領域に記憶しています。情報を取り出すためには催眠状態にならないといけません。
この記憶移植技術は、全く同じ二つの脳の間でのみ可能なんです。だからぼくは冷凍保存されたクローンボディではなくて、生きた体でなくてはいけないんです」
ジャックは言葉を切った。磁天が、顎をなでながら考え考え言った。
「ふうむ。しかし、そういうことなら、おまえさんは大事に育てられたんじゃねえか? 金庫を粗末に扱う奴はいねえからな」
「その通りです。ぼくは何不自由なく育てられました」
「じゃあ、なんで帰りたくねえんだよ?」
ジョーが苛立ちを含んだ声で尋ねた。
(第十五話へ続く)
(by 芳納珪)
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