<赤ワシ探偵シリーズ3>ノルアモイ~プロローグ

月明かりの晩。

立体都市トキ市を縦横に走る無数の歩廊のうちのひとつ。その端の溝に、小さな黒い影がうごめいていた。
ちょろちょろっと進んでは立ち止まり、ゆらゆらと左右に揺れる。しばらくするとまた、ちょろちょろっと進む。
その口から、かすかに鼻歌が流れている。ほおはほんのり赤く染まり、ときどき、うーい、ヒックとご機嫌な合いの手が入る。

占い地区の「十六番街」に店を構える占いねずみのロスコは、仕事帰りに串焼き屋とおでん屋をハシゴして、今、夜風に当たって酔いを覚ましながら家路についているところだった。
今日の最後に上客がきて、チップをたんまりはずんでくれたので、嬉しくなって少しばかり深酒をしてしまった。手には、妻と8人の子どもたちへのおみやげをぶら下げている。

街塔の外側にある歩廊なので、眺めがいい。街塔の壁は大小の配管でびっしりと埋め尽くされているが、反対側を向けば、澄み渡った夜空が広がる。月が明るいので天の川は見えないが、主要な星座ははっきりと見える。

少し酔いがさめてきたロスコは、前よりもしっかりした足取りで歩き出した。鼻歌は歌詞つきに変わった。

「海のぉ〜底には〜、大きなぁ〜あさーりぃ……って、あれ……? しじーみぃ、だったかなぁ〜……」

ふと、視界の端で何かが光ったような気がして、ロスコは顔を上げてそちらを見た。そこは街塔の設備がむき出しになった一角で、空調ファンや電気の碍子やおびただしい配管が複雑怪奇な重なりを見せているばかりだった。

挿絵:服部奈々子

挿絵:服部奈々子

(気のせいか)

彼は再び、前を向いて歩き出した。
すると、また同じ方角で、今度はもっと強く光った。
ロスコはもう一度そちらを見、おみやげを取り落とした。

青い炎が、街塔の側面に違法に建て増しされた張り出しの上で、音を立てずに燃え盛っている。
驚きのあまり、目が釘付けになって、身動きができなかった。
どれくらい、そのポーズで立ち止まっていただろうか。
気がつくと、炎は消えていた。

ロスコは急いで荷物から商売道具の筮竹(ぜいちく)を取り出した。「十六番街」で仕事をするねずみの中には、本物の予知能力や千里眼を持った者もいるという噂があったが、ロスコにはそのような能力はない。師匠について修行した占いの腕一本で食べていた。

精神を統一して、たったいま見たものの姿を頭の中で再現しながら、卦を立てた。
手順に従って筮竹を広げ、選り分け、指に挟み、数える。
占いの結果が出た。

(こ、これは……!)

彼は思わず立ち上がって後ずさった。その拍子に、おみやげの入った平たい箱を蹴飛ばしてしまい、おみやげは歩廊と街塔の隙間から落ちていった。
しかし、そんなことも気にならないほど、ロスコの頭は驚きでいっぱいになっていた。

見たこともない卦だった。
ロスコは、認めたくないその結果を、言葉になる前に打ち消そうとした。だが駄目だった。修行で叩き込まれた知識が告げる言葉を、無視することはできなかった。

(大災厄……)

頭の中で自分の声をはっきりと聞いた後、ロスコはむうと唸った。
だから気がつかなかった。
燃え盛る青い炎が、背後に迫っていることに。

――――つづく

by 芳納珪

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待たせいたしました。赤ワシ探偵の新シリーズです。今回はほんのプロローグ、新年1月7日より本編開幕となります。ケーキを食べて、おせちを食べて、お餅も食べてお待ちください!
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