じゃばっ!
大量の水とともに、硬い床に転がった。
ジョーは喉の奥から水をゲボっと吐き出し、夢中で叫んだ。
「ケースを開けろ! その中へこいつを入れるんだ! 早く!」
目の中に水が流れ込み、ちゃんと開けていられない。同じように耳も水で塞がれていた。そのため周囲の様子はぼんやりとしかわからなかったが、ここは黒蛇団のアジトの、ジャックの身体を納めたケースがある小部屋に違いなかった。
ジョーは帰ってきたのだ。約束通り、身体クラゲ化の治療法を見つけて。
海中を漂っていた身体にどうやって「戻った」のかはわからなかった。しかし今、ジョーはたしかに自分の身体を取り戻した。海中へ行って身体と魂を分離し、再び融合する――それが、身体クラゲ化の治療法だったのだ。
どやどやと人の気配がして、腕の中のジャックが取り上げられた。
ジョーは寝転がったまま、動けなかった。身体に力が入らないのだ。海中にいたときはあれだけ自由に動けていたのに。
ジャックがいなくなった空っぽの腕が目の前にあった。クラゲ状ではなく、元通りの自分の腕だ。
どれくらいの時間が経ったのだろう。気を失っていたのかもしれない。
誰かがそばに来て、ジョーの頭と身体をタオルで乱暴にゴシゴシと拭いた。
「立てるか?」と聞かれたので、ぼんやりと頷くと、脇に抱えられて無理やり立たされた。
そのまま廊下に連れ出され、別の部屋へ連れて行かれた。
ドアを開けた瞬間、ムッとするような匂いが鼻について、胃がひくついた。
しばらくしてようやく気がついた。それは、三日ぶりにかいだ食べ物の匂いだったのだ。
ジョーは椅子に座らされた。目の前のテーブルには、たくさんの皿が並んでいる。そこに盛り付けられたさまざまな料理を見ても、なんの感情も湧かなかった。その料理の名前も味も思い出すことができなかった。色と匂いのある、ただの物体にしか見えなかった。
「坊ちゃんを治してくれた礼だ。好きなだけ食え」
ジョーを連れてきた男はぶっきらぼうにそう言って、部屋を出ていった。
ひとり残されたジョーは、椅子にかけたまま、テーブルの上の料理をぼんやりと眺めた。
記憶がひどく混濁している。ジョーは必死で、頭をはっきりさせようとした。
俺はジャックになんと言ったっけ?
――クラゲ化したお前が元に戻らなければ、次は別の方法を考えるんじゃないか?
一番手前の皿に、握りこぶしほどの大きさの薄緑色の塊が二つ、のっている。
――つまり、お前の脳にある秘密情報だけを取り出す方法を、だ。
この料理の名前はなんだっけ……
――ヤツらにとって大事なのはそれだからな。お前の生命ではなく。
思い出した。ロールキャベツだ。
ガタッ
ジョーは席を立った。よろけながら歩いて行って、ドアを体で押して開けた。
ドアの横の壁に背をつけて立っていた人相の悪い猫人が、ギョッとしたようにジョーを見た。
「便所に行かせてくれ」
実際、ジョーの顔は真っ青だったに違いない。見張りの男は素直にジョーを案内した。
洗面所に入ると、手洗い用の水道を全開にしてその下に頭をつっこんだ。冷たい真水は、身体にしみ込んだ呪わしい深海の水を薄めて流していった。続けてジョーは、迸る水道水をごくごくと飲んだ。ずっと全身濡れていたのに、喉はカラカラだったことに気づいた。
息が苦しくなって、ようやく飲むのをやめ、栓を閉じて大きく呼吸した。
おかしい。
食べ物なんかより、海中で何があったのかを聞く方が先なのではないか?
三日間飲まず食わずだったことを想定していたとしても、まず医者に見せるのが普通ではないか?
あの料理には毒が入っているんじゃないか?
それに……ジャックはどこへ行った?
そのとき、洗面所のドアがノックされた。
(第二十話へ続く)
(by 芳納珪)
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