〈赤ワシ探偵シリーズ2〉ニフェ・アテス第二十六話「信念」

「ジョー!」

私は叫んだ。うずくまったジョーから、かすかな声が聞こえた。

「そいつとは別行動するふりをして……隠れてついていったので……盗聴の内容も聞いていました……アレキセイが……暗記し終わるまで……そいつを足止めしないと……」

サムが前に出ようとしたので、私は万能銃を構え直した。マスチフ人はわざとらしく肩をすくめた。

「ジョーもお前も、何か勘違いしているようだな。音楽アカデミーは『ニフェ・アテス』を公認しようとしているんだぜ。トトノフスキイの名誉挽回を図るまたとない機会じゃないか」

しかし、私は銃を降ろさなかった。
息詰まるような膠着状態が1分間ほど続いた。
背後で、礼拝堂の扉が開く音がした。
静かに歩いてきて私の真横に並んだのは、長老アトラだった。

「私がその方と話しましょう」
「曲は、もう終わったのですか?」
私は小声で尋ねた。扉が開いたとき、中からはなんの音も聴こえなかった。しかし、まだ80分は経っていないはずだ。

「早送りしました」
長老が手のひらに乗せた四角石が、視界の端に映った。

「……早送りした曲を聴きとって、記憶したと?」
「銀猫人には可能なのです。今のうちに彼を連れてお逃げください。レムリが抜け道を案内します」
「しかし、ジョーが」
ジョーは気を失ったのか、うずくまったまま動かなくなっていた。

「我々が介抱します」
アトラは、落ち着いた声で言うと、前に進み出た。
「私はここの長老を務めるアトラです。『ニフェ・アテス』を記録した石はここにあります。そして、再生装置はこの建物の中です。お望みとあればいつでもお聴かせする用意があります。ですがその前に、お伺いしたいことがあります」

サムは動かない。私がまだ照準をはずしていないからだ。

「音楽アカデミーは、長らく禁断の曲とされてきた『ニフェ・アテス』の研究に手を染めたという理由でトトノフスキイ氏を追放したと聞きました。その音楽アカデミーがなぜ今さら『ニフェ・アテス』を欲しがるのです」

サムはゆっくりとかぶりを振った。

「私は一介の探偵で、音楽アカデミーの代理人としてここへやってきているわけですから、クライアントがそれを欲しがる理由などわかりません。しかし、長い不遇の末に、晴れて音楽アカデミーのお墨付きをもらえるのは喜ばしいことではありませんか。もちろん、ただとはいいません。その点については音楽アカデミーと交渉しましょう。そのための代理人ですので。いかほどお望みです? いや、立体都市の通貨はここでは通用しないでしょうから、何かほかのものがいいですかね……」

長老の体が、プルプルと震えだした。ややあって、長老は絞り出すように言った。

「『ニフェ・アテス』が存在するという信念……必ず探し当てるという情熱……そして、楽曲に対する敬愛」
手の上の四角石を、ぐっと握りしめる。
「……どれをとっても、あなたはアレキセイの足元にも及ばない。まして音楽アカデミーとやらの連中はなおさら」

サムは何も言わなかった。長老の静かな怒りが、場を満たしていく。

「『ニフェ・アテス』は、運命に選ばれた者だけが受け継ぐことができるのです。あなたに受け取る資格はありません」

長老は無造作に足元に四角石を投げ出し、なんのためらいもなく、持っていた杖の先でそれを打ち砕いた。

サムと私は、あっと息をのんだ。

次の瞬間、サムが前にのめった。
不意を突かれたサムは、反射的に地面に伏せ、後ろから自分を襲ったものに向けて発砲した。
乾いた銃声が、平和な村に響き渡った。
ジョーはサムから跳びのき、二の腕を押さえて着地した。流血している。

私は走り出しながら、万能銃を戦闘モードにしてサムを撃った。銃撃戦なら、サムは果樹林に逃げ込まざるを得なくなる。畑の方は、礼拝堂の近くは背の低い作物ばかりで、身を隠す場所がないからだ。

私は林の中でサムと撃ち合いながら、礼拝堂から離れていった。

挿絵:服部奈々子

挿絵:服部奈々子

(第二十七話へ続く)

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