前回まで山メシの話を書いてきて、今さら何ですが、私は登山が趣味というわけではありません。
スポーツは苦手なので、何か体を動かしたいと思った時にちょっと山の方に行く、という感じです。人一倍体力がなく、団体行動を乱してしまうので、一人か、せいぜい二人で行くことが多いです。
「自然がお好きなんですね」と言われることもありますが、そうでもありません。登山道はたくさんのお金と人手をかけて常に安全快適に整備されているもので、とても「自然」とは言えないと思います。
とはいえ、年に何回かは行くので、山歩きはまあ好きなんだと思います。
大人になってから、「そうだ、山に行こう」と思いついたのは、幼少期の体験があったからでしょう。毎年お正月には、家族で高尾山の薬王院にお参りに行き、新しいうちわを買うのが恒例行事でした。観光ガイドの「ミシュラン」に取り上げられるはるか前のことです。
高尾山の最寄駅である「高尾山口」駅の構内には当時、「烏天狗」の像がありました。
その像が、大変恐ろしいものだったのです。
設置されているのは頭の上、天井近くの薄暗がり。どっかりと座った姿で、大きさは等身大より少し大きいくらい。
それが動くのです。
嘴をカーッと開け、目が光り(これは思い出補正かも)、手に持った錫杖で床をどんとつく—
見るたびに私が泣き叫ぶので、両親は降りる駅を変えたほどでした。
なぜ、あんな恐ろしいものが観光地の駅の中にあったのでしょう。
大人が見れば、それほど怖くはなかったのでしょうか。
天狗が棲むとされる山は日本全国にありますが、高尾山はどちらかというと烏天狗のイメージが強い気がします。図像の歴史を見ると、長鼻の天狗よりも、猛禽に近い烏天狗の方が古いようです。その源流はインドから伝わった「迦楼羅天」だとする説もあるそうです。
数年前、香港から遊びにきた友人がハイキングをしたいというので、高尾山に連れていきました。駅構内の烏天狗像はとっくに撤去されていましたが、天狗の像や絵はいたるところにあります。「これは何?」と聞かれたので説明しようとしましたが、英語ではうまく伝えることができませんでした。
「神様」ではないし、役割的には「天使」とか「妖精」みたいなものかもしれないけど、angelやfairyではまるでイメージが違う。
あとで辞書で調べてみると、goblinとありました。
うーん、それもなんだか違うような…
spirit、monster、といろいろ考えてみましたが、どれもしっくりきません。
しかし、よくよく考えると、「山にサルやタヌキがいる」というのとは違って、「山に天狗がいる」というのは「事実」ではなく、我々の頭の中にある「思想」です。その思想を共有していない人には、説明してもなかなか伝わるものではありません。
文化とはこういうことかと、実感した体験でした。
(by 芳納珪)
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