〈赤ワシ探偵シリーズ1〉フロメラ・フラニカ 第四話「紙魚」

翌朝、レッドイーグル探偵社の2階の住居で目覚めた私は、いつものようにコーヒーを淹れ、カップを片手に窓の外を眺めた。
「月世界中華そば」の2階で、おかみさんが窓を開けて洗濯物を干している。
街は今日も灰色だ。

「フロメラ・フラニカ」。
昨日、占いねずみに言われた呪文のような言葉を呟いてみた。
灰色の世界に一瞬、色がついたような、あるいは陽気な音楽が聞こえたような気がしたが、どういう意味をもつ言葉なのかは、かいもく見当もつかない。

コーヒーを飲み終えると、事務所へ降りていった。
シャッターを開け、立て看板を出して、本日の営業を開始した。

中へ戻って、スチール製のキャビネットからブリタニカ百科事典の第3巻を取り出す。
250頁と251頁を開くと、文字の一部が、ぞろりと動いたように見えた。
が、動いたのはもちろん文字ではない。

「眩しい」
「まぶしい」
「マブシイ」

ペチャクチャとさざめきながら、紙魚の群れは、ぞろぞろと頁の奥へ潜ろうとした。
この紙魚たちは、調べ物のために飼っているのだ。
紙魚という生き物は、書物を食べているだけあってじつに博学だ。たいていの質問には答えてくれる。
私は、彼らを息で吹き飛ばさないよう、そっと話しかけた。

「フロメラ・フラニカ」

紙魚たちは、ピタリと動きを止めて、触覚だけをゆらゆらさせた。考えこんでいるらしい。
ややあって、

「知らんね」
「しらんね」
「シランネ」

また、ペチャクチャぞろぞろと、文字の上を這いまわり始めた。
彼らにもわからない言葉なのだ。
と、いうことは……

「出張だな」
「そうだな」
「帝立図書館の」
「閉架書庫」
「ああ、発酵したパルプの匂い」
「帝国末期の鉱物インク……たまらんな」

紙魚たちは興奮して、ぴょんぴょん飛び跳ねるものも出てきた。
小さなガラス瓶の口を頁の上に傾けると、彼らは嬉しそうに中へ入っていった。
瓶をトレンチコートのポケットに入れ、私は外へ出た。

挿絵:服部奈々子 〈赤ワシ探偵シリーズ1〉フロメラ・フラニカ

挿絵:服部奈々子

(第五話に続く)

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