今年の夏は暑かった。
オールドアースの立体都市「トキ市」の中層に位置するこの街区は、ただでさえ熱気がこもりやすいが、それにしても今年はひどかった。
あまりにも暑いためか、日中の街なかで生き物を見かけた記憶があまりない。当然、私が営む〈レッドイーグル探偵社〉にも依頼人がこない。八月のあいだ、電話での依頼や問い合わせはあったが、訪問客を迎えたことはなかった。私は住居にしている二階から一階の事務所へ、大切にしているサボテンたちの世話のために通っていたようなものだ。
それでも今日は、三日前に依頼のあった行方不明の豆陸鮫(マメリクザメ)を探し出し、依頼人に引き渡したので、すこしは充実した気持ちになっていた。
時計を見ると、終業10分前。
元来私は几帳面なほうだが、めずらしく早じまいしようかという気になっていた。行きつけのバーのマスターであり、信頼できる情報屋でもある心強い相棒、鯖猫のジョーが、そろそろ長い夏休みを終えて店を開けているはずだ。
事件解決を祝して、乾杯としゃれこもうではないか。
私は正面のシャッターを下ろし、トレンチコートを着込んで勝手口から外へ出た。
暑くてもトレンチコートは着るのだ。探偵だからな。
振り返って、入り口の上に掲げた真新しい看板を見た。
洗練された書体の「レッドイーグル探偵社」の横に、私と同じトレンチコートを着た眼光鋭い赤ワシ人のイラストが描かれている。
夏のはじめに手がけた事件で知り合ったレオネというカメレオン人の女性が贈ってくれたものだ。彼女は実業家なので、やることが派手である。
イラストが私に似ているのかいないのか、自分では判断できないが、この看板はなかなか気に入っている。
私は中折れ帽を目深にかぶると、エレベーター駅と反対方向に歩き出した。
突き当たりを右に曲がったところにある「山猫軒」に、灯りは点っていなかった。
まだ休みか、とやや失望していると、どこからかメロディが流れてきた。
耳をすますと、たしかに店の中から聞こえる。ブルースハープだ。しかも、抜群にうまい。そして、どうやら生演奏らしい。
ジョーの趣味は楽器演奏だが、吹き手は彼ではないと直観した。
私は引き寄せられるようにドアを開けた。演奏がピタリと止んだ。
「あ……すみません。えっと、そのう……いらっしゃいませ。ようこそ」
客席の奥のほうから、慌てた声がこちらへ投げられた。口調はしどろもどろだが、育ちのよさそうな、若い猫男子の声だ。
暗がりに、澄んだ青い目が浮かんだ。私と目があうと、その猫はさっと身を翻して奥へ消えた。闇の中でも光を放つような、白銀の毛並みを持つ猫だった。
(第二話へ続く)
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