くちばしに、コツンと何かが当たった。
誰だ、私のくちばしに気安くさわるヤツは。
目を開けて、凍りついた。
黒光りする銃口が、私の眉間をピタリと捉えている。
無意識に、ふところの万能銃を求めて手が動いた。と、目の前にある無骨な銃の横に、見慣れたスタイリッシュな造形が現れた。
「こいつをお探しかね、旦那?」
闇の向こうから、くぐもった声が聞こえた。だんだん目が慣れて、闇の中の相手の顔が判別できつつあった。
私は努めて落ち着いた声を出した。
「思い出の品だから、返してくれませんかね。それから、そんな小さな穴を覗かせて、視力検査か何かですか、元警部?」
マスチフのサムは、ふん、と鼻を鳴らした。
「寝ぼけてぶっ放されるのは勘弁してもらいたかったんでな」
「それで、こっちが無防備なのをいいことに、武器を取り上げて鼻先に銃をつきつけるわけか。元警官とは思えないな」
「それ以上、俺の過去に触れるな」
サムの声が物騒な響きを帯びた。分厚い体の後ろにある何かをつかんで、見せつけるように前に突き出す。
「ジョー!」
私は我を忘れて身を乗り出した。
マスチフ人の手からぷらーんとぶら下がっているのは、伸びきった鯖猫だった。
「きさま!」
飛びかかろうとした私の眉間に、銃口がぐりっと押しつけられた。
「勘違いするな。襲ってきたのはこいつだ。猫科の匂いがしたんで、マタタビスプレーをかけてやった。ついでに言うと、これに弾は入ってない」
サムはジョーから手を離すと、銃をくるくると回して肩掛けのホルスターにしまった。
ぐんにゃりと崩れ落ちたジョーの顔に苦痛の色はなく、むしろ気持ちよさそうに緩みきっている。意識はあるようで、何かブツブツ言っている。
「すいません……あなたが眠ったので見張り番をしていたら、何かが近づいてくる気配があって……この男だとわかって、つい」
「不良から足を洗って真猫(まねこ)になったと思っていたが」
サムが嫌みたらしく言った。
「どうも下層へ来てから、昔の血の気の多さが戻って来てるみたいでね。……それにしても、あんたよくあの『運命の扉』を生きのびたな。我々はあやうく怪物の餌食になるところだったぜ」
「いや、こっちも結構大変だったさ。扉の向こうがさらに枝分かれしていてな。血の匂いのしない道を選んでいなかったら、今頃は切り身かミンチになっていたかもしれん」
サムは恐ろしく鼻が効く。するとやはり、オサキはこちらの特性に合わせて扉を選んでくれたということなのか。
「ところで、また妙な場所で会ったものだな。下層なんかに何しにきた?」
サムの手から万能銃を受け取りながら、私はカマをかけてみた。元警官はおかしそうにクックと笑った。
「なあ、ここでは少しのミスや迷いが命取りになるんだ。おたがい、隠し事はなしでいこうや。さもないと枕を並べて討ち死にということになりかねん。アレキセイ・トトノフスキイの息子を探しに来たんだろう? 俺もおまえたちも、な」
サムの、いくすじもの深いシワに埋もれた顔が、いっそうあくどさを増したように思えた。
(第十七話へ続く)
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