エムニは、料理をする間は通常速度に戻ったので、あっという間に私の前にいくつもの皿がならんだ。
冷蔵庫の中のなけなしの食材を使って作ったとは思えない味に、私は舌鼓を打った。
さすがはフェアードマン家のメイドだ。
食後、エムニの淹れてくれたコーヒーを飲みながら、私はノルアモイの時間兵器が「恐怖」を媒介にして作用するらしいこと、私のノルアモイに対する恐怖が異常なまでに肥大したのは物質転送装置が原因ではないかと推測していること、を伝えた。
「転送装置のせい、というのはその通りかもしれない。本当にごめんなさい」
「仕方ないさ。あそこで拾ってくれなかったら、海面に激突して粉々になるところだったからね。感謝しているよ」
エムニがあまりにもしゅんとしているので、私は精いっぱい感謝の気持ちを表した。
彼/彼女は顔を上げて少し微笑むと、もとの元気な口調に戻った。
「それでね、あらためての相談なんだけど。ボクたち、つまりフェアードマン家と契約する気はない?」
「契約?」
「そっ。あなたが受けているノルアモイの時間兵器の作用を取り除くため、両者が協力する。どう?」
私は思案した。私は一度、レディMの依頼を断っている。だから、エムニ≒レディMは、違う形で持ちかけているのだろう。いずれにしろ、私はフェアードマン家の協力がなければこの状況を抜け出せないし、フェアードマン家は私のデータが欲しいはずだ。
「我が社の契約書をご覧いただけますかな?」
私はもったいぶって言い、引き出しから探偵契約書を取り出してエムニに見せた。
「オッケー。これを元にしよう」
エムニは契約書用紙をじっと見ると、一度まばたきしてから、テーブルの何も置いてない箇所に目を向けた。星型の瞳が光って、テーブルに赤い光の文面が浮かび上がった。
見ると、我が社の契約書を元に加筆修正された草稿だった。
「……悪くないな」
本心では、私が作ったものよりも格段に洗練され、整えられた文面に舌を巻いていたのだが。
我々はそれから内容について協議し、双方に納得のいく契約書を作り上げ、サインをした。
契約が済むと早速エムニは、私の主観時間がどれくらい周囲とズレているのかを計測した。
「1.72」
エムニは言った。
「つまり、私が10秒数える間に相手の時間は17.2秒経過しているということか」
「そゆこと」
「ところで、ロスコのズレはどれくらいなんだ?」
「約150だね」
「1秒が150秒、つまり2分半か。しかし、わからんな。ロスコのときは極端にズラしておいて、なぜ私のときはそんなに微妙にしたんだ」
「コミュニケーションを取れる範囲を狙ったんじゃない? ロスコはああいう感じで、会話もできないからね」
「ふむ、なるほど。もうひとつわからないことがある。レディMのところにいる間、私に異変はなかった。時間のズレを感じたのは中層階に戻ってからだ。それはなぜなんだ」
「まだ仮説だけど、時間兵器の作用はノルアモイとの物理的距離と関係すると考えるのが自然だね。もしそうなら、ノルアモイを破壊するか追放すれば、時間兵器の作用は消えるわけだけど」
「ノルアモイは中層階にしか出現しないのか?」
私の中で何かが引っかかっていた。一つの答えにたどり着きそうなのだが……。
そのとき、エムニの顔が急に緊張した。
「大変だ。グレコが……!」
(第十四話へ続く)
(by 芳納珪)