<赤ワシ探偵シリーズ3>ノルアモイ第十四話「夜間飛行」by 芳納珪

挿絵:服部奈々子

挿絵:服部奈々子

「グレコがどうした?」

エムニは瞼を閉じて、受信した映像を見ているようだ。

「『ロスコのボール』に近づこうとしている」

「ロスコのボール? ああ、あの奇妙な球体か」

エムニは目を開けて私を見た。

「あれはブラックホールみたいなものなんだ。近づいたら吸い込まれる危険がある。だから一帯を封鎖してロボット警備員を立たせてたんだけど」

「そのロボットたちは何をしているんだ」

「あの辺はすごく入り組んでいるから、封鎖するといっても限界があるんだよ。立ち入り禁止だと知らせることはできても、わざと入ろうとする者を排除するのは難しい。ボクたちが行って説得しないと」

私の中で、フェアードマン家と交わした契約に従う義務感と、ノルアモイに対する恐怖感とが激しくせめぎあった。が、結局は理性が勝った。

「行こう。私は遅くなるが」

するとエムニは驚いたように目を見張った。

「何言ってるの、あなたのほうが速いじゃん」

「速い?????」

なんのことかわからなかった。さっき、1.72という、周囲に対する私の遅延度合いを計測したばかりではないか。
私が戸惑っていると、エムニは当然のように言った。

「滑空できるでしょ」

「……そうか!」

「飛び立つ」ためには、羽ばたくことが必要だ。しかし、今の私は通常の1.72分の1の速度でしか羽を動かすことができない。
滑空とは、空気に乗って、高いところから低いところへ滑るように飛ぶことだ。たしかにそれなら、翼の動きは関係ない。

「しかし、どうやって初速をつける」

「ボクが助走する」

「それに、私は夜目が効かない」

「ボクがあなたの目になる」

エムニは力強くうなずいた。

私たちは二階に上がり、天井裏に入って、さっき私が外した屋根瓦を今度は中から開けた。
屋根に登ると、私は風切り羽根を広げた。エムニが軽々と私を持ち上げる。
時刻はすでに深夜。家々の灯りはほとんど消えている。通りの幅は、私が翼を広げた長さとほぼ同じだ。

「ボクのナビは正確無比だよ。絶対大丈夫」

「頼んだぞ」

「行くよ。レディー、Go!」

エムニは走り出した。恐ろしいスピードでいくつかの家の屋根を渡った後、通りに飛び出す。

風に乗った!

エムニは器用に私の背中によじ登った。
左右の建物が、1.72倍の速度で後方へ流れて行く。

あっという間に路面が近づき、前方に街塔の外周を取り巻く道の柵が見えた。
ぶつかる! と思った瞬間、街塔の外へ出た。足の甲が柵の上端をこすった。

「右に旋回!」

一旦離れた街塔が、やはり1.72倍の速度で再び近づいてくる。

「0.2度下げて」

違法建築街が見えた。ごちゃごちゃと入り組んだ配管に突っ込んで行くようだ。

「このまま行って大丈夫なのか!?」

私は思わず叫んだ。

「ボクを信じて!」

エムニを乗せた私は、配管の隙間に突入した。
上下左右に配管が迫る中を突き抜け、広い空間へ出る、途端に目の前に壁が現れる。

激突する!

その時、胴に何かが巻きつき、体全体に制動がかかった。
速度は徐々に落ちていったが、壁は迫ってくる。
思わず目を瞑る。

コツン、とくちばしが壁に当たった。

そこが折り返し地点で、今度は振り子のように後ろに揺り戻された。
ゆらゆら揺れながら、シュルシュルという音とともに真上に引き上げられ、止まった。

胸に、エムニの手がある。
手首から先はワイヤーロープになっていて、胴に二重に巻きついている。

「到着ー!」

何メートルも伸ばしてから巻き取った腕で私を抱え、もう一方の手で配管にぶら下がったエムニは、元気よく宣言した。

私の全身から、どっと汗が吹き出した。

(第十五話へ続く)

(by 芳納珪)

★都合により次週4月22日は休載となります。4月29日の更新をどうぞお楽しみに♪
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