<赤ワシ探偵シリーズ3>ノルアモイ 第六話「レディM」by 芳納珪

いい子にしないとノルアモイがやってくる。
青い炎のたてがみを猛々しくなびかせて。
その首は鋼鉄のように硬く、
両眼はペリドットのように光る。

ノルアモイは青い炎に焼かれ続けている。
だから本当の姿はよく見えない。
炎は冷たく、永遠に消えることがない。

いい子にしないとノルアモイがやってくる。
街塔の上に立ったその姿は天を衝くように大きく、
月をも圧倒する。

見よ、ノルアモイが駆け下りてくる。
街塔の壁を垂直に、燃えさかる炎をたなびかせ、
ひづめの音を高らかに響かせて。

…………………

恐怖が覚醒を後押しした。
目を開けると、複雑な装飾を施した天井が見えた。
急に明瞭になった感覚が周りの状況を捉える。

私は雲のように柔らかく、軽い寝具に包まれていた。
広い部屋のどこかから、かすかに空調の機械音が聞こえる。温度も湿度もこの上なく快適だが、全身にびっしょり汗をかいていた。そこで今しがた見た悪夢を思い出し、思わず息を吸い込む。

その時、ノックの音がした。
反射的に、扉と反対側へ飛び出してベッドを盾にし、万能銃へ手をやるが、ホルスターごと消えている。

かちゃり、と扉が開いて、メイド服を着た原地球人の娘が入ってきたので驚いた。
第一に原地球人は人口が少なく、めったに見かけることはない。第二に、使用「人」など、古い本でしか見たことがない。立体都市の上層の住人だって、アシスタントアバターを使うのが普通だ。

だが、娘がこちらを見たとき、その謎が解けた。瞳に星型の模様がある。この娘はよくできた人型機械(ヒューマノイド)なのだ。

「体温:正常。脈拍:やや早い。呼吸数:やや多い。ご気分はいかがですか?」

声質と喋り方は少年のようでもある。スカートを履いているだけで、本体は無性別なのかもしれない。
私が黙っていると、ヒューマノイドは少し首を傾けた。緑色の短い髪が揺れる。

「危害を加えることはありませんからご安心ください。主人がお目にかかりたいと申しています」

私は立ち上がった。

「気分は悪くない。私もご主人にお目にかかりたいね」

ヒューマノイドは一礼した。その動きに合わせるかのように扉が開き、「主人」が姿を現した。
骨格のしっかりした背の高い体に、裾の長いシンプルなドレスをまとった姿。ふんわりとうねる髪に囲まれた長い顔の中で、両の目は落ち着いた光をたたえている。
その馬人女性からは、滲み出るような知性が感じられた。

「初めまして。私はMと申します。あちらで座ってお話ししましょう」

レディMは部屋の奥を示した。すると、白かった壁が、霜がとけるようにクリアになり、外が見えるようになった。なんとなく予想していた通り、そこは立体都市の上層だった。
青い空を背景に、つるりとした街塔の先端がいくつも見える。どれも曲線を多用した、高度な建設技術があってこそ実現できるデザインを競い合っている。レッドイーグル探偵社のある雑然とした中層とはまるで違う景色だ。

私は促されて、窓の前に設えられた応接セットのソファに腰を下ろした。半光沢の質感は一見硬そうだったが、座ってみるとしっくりと体に馴染んで、感心するほど快適な座り心地だった。

「悪い夢をご覧になっていたのですか」

レディMは正面の椅子から、知的な瞳でじっと見つめた。全てを見透かされるような気がした。

「子どもの頃に怖い話を聞かされた時の感じがよみがえりましてね。昔のことを思い出すなんてめったにないのですが」

レディMは、99点の答案を受け取った秀才のような顔で、目をそらして窓の外を見た。

「開発中の転送装置はその点がネックなのです。物質の再構成には問題なくても、生物の無意識のレベルにほんのわずか影響が出てしまう。緊急だったので仕方なく使いましたが」

その時ようやく私は、昨夜の出来事を思い出した。翼を広げられない狭い縦穴を、真っ逆さまに落ちていく恐怖。レディMが今言ったことを解釈すると、私の体はあの場所でいったん原子に分解され、ここで再構成されたということになる。

「あなたが助けてくださったのですか」

レディMは、視線をちらりと戻した。その表情はこれまでとは少し違って、照れ隠しのような感情が現れていた。

「そうです」

挿絵:服部奈々子

挿絵:服部奈々子

(第七話へつづく)

(by 芳納珪)

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