<赤ワシ探偵シリーズ3>ノルアモイ第十七話「終わりのない世界」by 芳納珪

挿絵:服部奈々子

挿絵:服部奈々子

それは絶望を感じる風景だった。
合わせ鏡の中の世界のように、視界の続く限り、都市の構造体が無限に広がっているのだ。

私はできるだけ落ち着いて、昨夜のロ号歩廊での出来事を思い出そうとした。

ノルアモイが出現し、それを見た占いねずみたちがパニックを起こした。
その騒ぎに共鳴するように、ロスコのボールが大きくなった。
占いねずみたちも私も取り込まれたその空間の中で、レディMの声が聞こえた。

「赤ワシさん、わかりました!」と。

彼女はエムニを通じて、あの場の状況をリアルタイムで見ていたはずだ。
一体、何が「わかった」のだろうか?

そのあとで彼女は「私を見つけて」と言った。

何か伝えたいことがあるならば、「私に会いにきて」でいいはずだ。いや、あのときはエムニがいたのだから、会話をするだけなら実体のレディMに会う必要もない。

「私を見つけて」とは、まるでこの状況を予見していたような言い方ではないか。

嫌な予感がして、私は上を見た。

無限に続く街塔と歩廊の立体構造。
よく見るとそれは、ある一定の領域の繰り返しだ。そしてその領域は、全体がグレーだ。
つまり、立体都市の中層だけが切り出されて積み重なっている。

……この世界で、上層に住むレディMをどうやって探せというのだ?

どれくらいそこに立ちすくんでいただろうか。
私は重い一歩を踏み出した。とにかく動かなければ、どうにもならない。
元いた世界では街塔の辺縁だったところは、隣の領域につながっている。歩廊の表面を注意して見たが、境目はわからなかった。

そこは、同じ通りの反対側の端だった。しばらく歩くと、レッドイーグル探偵社があった。シャッターに張り紙があり、臨時休業中とある。
探偵社の向いは「月世界中華そば」ではなく、ただの民家だった。
ジョーの店の場所に行くと、こちらは元の世界と寸分違わない「山猫軒」があった。まだ朝だから、閉まっている。店の扉の脇にある住居の呼び鈴を押したい衝動にかられたが、思いとどまった。この世界の謎が解けるまでは、いたずらに干渉しない方がいいかもしれない。

そうやって私は、一日中、領域から領域へ渡り歩いた。
昇りエレベーターにも乗ってみたが、上層への乗り継ぎ駅の手前で止まってしまう。階段を使って上に行くと、出たところは中層の一番下の階だった。

横方向は、レッドイーグル探偵社のある街区だけではなく、他の街区もあった。元の世界の位置関係を無視して、離れた街区が隣り合っている。抜き出されて寄せ集められた複数の街区が一単位となり、それが延々と繰り返される、という構造になっているようだった。

不思議なことに、どの領域でも私自身に会うことはなかった。
レッドイーグル探偵社は大抵、そういう場合は私がいつもそうするように、臨時休業か一時不在の張り紙がしてあった。ある領域では、入り口は開けっ放し、不在なのに張り紙も何もない、という有様だった。ここの私はずぼらな性格なのだろうか。
レッドイーグル探偵社が存在せず、他の建物だったり更地だったりしたときは、少し気分が悪くなった。

領域の境界で人の行き来を観察したが、どうやら私以外は境界を超えることはできないようだ。誰も、隣の領域を認識している様子はない。

電話ボックスを見つけると必ず入り、電話帳でレディMの連絡先を探したが、見つけることはできなかった。関連企業に電話してなんとか繋げてもらえないかと試してみたが、徒労に終わった。これは、この世界だからというよりも、元の世界でも同じだったかもしれない。彼女は文字どおり、雲の上の人なのだ。

歩くと普通に疲れるし腹が減るので、二度、喫茶店に入った。手持ちの貨幣が使えるかちょっと心配したが、たまたまそこは変わらない領域だったのか、それとも貨幣だけは不変なのか、怪しまれずに支払いをすることができた。

やがて日が暮れた。
この時を待っていた。
私は「占い通り」十六番街へと向かった。

(第十八話へ続く)

(by 芳納珪)

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