<赤ワシ探偵シリーズ3>ノルアモイ第十六話「異変」by 芳納珪

挿絵:服部奈々子

挿絵:服部奈々子

竜巻の中に浮かんでいるような心地だった。周りの景色は見えなくなり、体の周りで円筒形の柔らかな壁が高速で回転している。が、不思議なことに風はなく、音もしない。

どれくらい時間が経っただろうか。
足の裏にしっかりした固さを感じ、体の重さが戻った。
霧が晴れるように、景色が戻ってくる。
黒い夜空に煌々と照る月。
配管と違法建築に囲まれたロ号歩廊は、静まり返っている。

……私は狐につままれたような気持ちで、辺りを見回した。
動くものは何もない。エムニも、ロボット警備員も、大勢のねずみたちも、ロスコも、そして――ノルアモイも。
これは一体、どういうことなのだろうか?
腕時計を見ると、夜中の三時だった。その時計の秒針の進む速さが正常であることに私は気づいた。

ふとひらめいて、小銭入れから硬貨を取り出し、胸の高さで手を離してみた。
硬貨は何も違和感のない速さで落下し、歩廊に落ちた後、ツーッと転がって、路面の端からチャリンチャリンと落ちていった。

何もかもが、まったく正常だ。
私は、自分にかけられたノルアモイの「時間の呪い」を解くため、フェアードマン家と契約した。ということは、それが解決したいま、契約は終了ということになる。
しかし、この事態は不可解すぎる。いずれにしろ一度、エムニかレディMに会って、事実関係を明らかにしなければならない。

だが、夜中の三時ではどうしようもない。私はおかしな気分のまま、とりあえず探偵社に戻って休むことにした。

翌朝目覚めた私は、いつものようにコーヒーを淹れてゆっくり飲んでから、正面のシャッターを開けた。
ちょうど、向かいの「月世界中華そば」のおかみさんも店の前に出てきた。おかみさんは私を見て、目をまん丸にして口をあんぐり開けた。

「おや、だんな、体はもういいんですか?」
「うん?」

私はてっきり、おとといおかみさんに会った時に、私の時間が遅れていたことを言っているのだと思った。あの時、おかみさんは私ののろさを訝しんでいた。
だが、それにしては極端な驚きようだ。
私が戸惑っていると、おかみさんは続けた。

「墜落して病院に担ぎ込まれたって聞いたもんで、そりゃあ心配しましたよ。だけどまあ、お元気そうで何よりで」

おかみさんは何か勘違いしているらしい。話が長くなると困るので、私は曖昧に笑って事務所の中へ戻った。
レディMにどうやって連絡しようかと思案し、電話帳を手に取ったが、何かが頭の奥に引っかかっている。少し考えてわかった。さっき外へ出た時に見た通りの様子に、違和感があるのだ。

私は開きかけていた電話帳を棚に戻し、おかみさんが外にいないのをたしかめてから、トレンチコートを羽織り帽子をかぶって、もう一度、通りへ出た。
街塔の外側へ向かって歩いて行くと、何軒か知らない店があった。

おかしい。一夜にして、こんなに店が入れ替わる訳はない。
私はさらに歩いて行き、角を曲がってジョーの山猫軒の方へ行った。そして、声も出ないほど驚いた。

山猫軒があるはずの場所はお好み焼きの店になっており、立派な鯖猫が仕込みをしているのが見えた。ジョーに似ているが、眼帯をしておらず、両目が開いている。おまけに、小さな子猫が三人、店の前でチョロチョロと遊んでいる。

私は引き返して、通りの端まで行った。そこから海が見えるはずだ。
しかし、現れた景色に、私は絶望的な気持ちになった。

海は見えず、立体都市の街路があった。
通りの終わりから、また同じような通りが続いているのだ。
左右を見ても同じだった。立体都市がどこまでも、延々と続いている。上にも、下にも。

どういうことだ――

混乱する私の頭に、レディMの声がこだました。

「私を見つけて」

(第十七話へ続く)

(by 芳納珪)

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