カテリーナは、水玉模様のティーポットカバーを楽しそうに眺めた。ジョーはバーテンダーだが、料理もできるし、こうして本格的にお茶を入れることもできる。
「前にもそんなことを言ってたわね。『リカ・アムール』で私の歌に聞き入っていた男の子と今のあなたはそんなに変わらないように見えるけど?」
リカ・アムールは、カテリーナが昔ステージに立っていた酒場の名だ。ジョーは少年時代に一度だけ、カテリーナの歌を生で聴いていたのだ。
ジョーは手元の砂時計を確認し、水玉模様のカバーを外して、ラベンダーティをカップに注いだ。優雅な香りがふわりと広がる。
「人生はあちこちに深淵が口を開けているものですね。いっときそこに入るだけの者もいれば、戻ってこない者もいる。私は戻ってきました。向こう側の記憶は、今では薄膜がかかった別世界の出来事のように感じますが、中にはよく覚えていることもあります。さっきから、そういう思い出たちがしきりに胸の奥の扉を叩くのです。あなたの歌を聴いたからでしょう」
「では、扉を開けてあげたら?」
ジョーは自分用のマグカップにラベンダーティを注ぎ、目を閉じて香りを嗅いだ。
「そうですね。そうしましょう……」
〜〜〜 十二年前 〜〜〜
「にいちゃん、いいカツブシ持ってるじゃねえか。こっちによこしな」
裏路地のゴミ捨て場で拾った思わぬ掘り出し物を抱え、意気揚々と構造躯体の上を歩くジョーは、友好的とはいえない声の主を見た。
目つきの悪い黒白猫が、同じように目つきの悪い白黒猫を従えて立っている。
ジョーは静かに立ち止まると、これ見よがしに鰹節を掲げ、フフンと鼻で笑った。
「俺が見つけたカツブシだ。なんでお前らにくれてやらなきゃいけねえんだ」
黒白は自信たっぷりに腕を組んだ。
「ここは俺たち〈青鮫団〉のシマだからさ。三つ数えるからその間にブツを置いて去れ。いいか……3」
きらり、と鋭い爪が光った。
都市の隙間の暗闇に阿鼻叫喚がこだまする。
数秒後、ジョーは無傷の鰹節をくわえ、何事もなかったように歩き去った。後には、黒と白の塊が二つ、折り重なって倒れていた。
長い尻尾をピンと立て、肩で風をきって歩くジョーの立派な鯖模様を、月の光がつやつやと照らしている。金色の両目はらんらんと輝き、全身から生命力を発散している。
路上に出たばかりの、若さ溢れるジョーだった。
(第三話へつづく)
(by 芳納珪)
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