<赤ワシ探偵シリーズ番外編>山猫夜想曲◆第六話「黒蛇団のアジト」

部屋を出たジョーは、茶トラに先導されて暗い廊下を進み、階段を上がった。
並んだ扉の一つを茶トラがノックすると、中からくぐもった返事が聞こえた。
茶トラが扉を開けてうやうやしく礼をした。

「ボス、連れてきやした」

促されて中に入るとそこは、重々しく装飾された部屋だった。一方の壁には立体都市の風景を描いた大きな絵がかかっており、棚にはいかめしい感じのする置物や、下層の発掘品のような複雑な機械が並べられている。
奥に大きな執務机があり、その後ろに毛の長い真っ黒な猫人が座っていた。顔の上を斜めに横切る長い古傷がある。丸い緑色の目が、鋭い光を放っていた。
ボス猫は、ドスのきいた声を出した。

「てめえがジョーか。最近、ウチのシマを荒らしてくれているそうじゃねえか」

ジョーは少しも動じることなく、飄々と切り返した。

「ゴミ箱とその中のゴミは公共のものだとばかり思っていたが。ようく確かめたが、どこにも名前は書いてなかったぜ。〈青鮫団〉とか言ったっけか、おたく?」

ボスは茶トラをじろりと睨んだ。茶トラはジョーに向かって苦虫を噛みつぶすような声で言った。

「我々は〈黒蛇団〉だ」

「へえ。忘れなかったら覚えておくよ。で、俺の手がどうしてこうなったか教えてくれるって?」

ジョーは両手を顔の高さに掲げた。大きさは変わっていないが、クラゲのように透明になったそれは、見た目どおりに水分をたっぷり含んだように重くなっている。

ボス猫は、緑色の丸い目でじっとジョーの手を見据えた。椅子から立ち上がり、ジョーに近づいて来たが、視線は固定したままだった。
そうやって間近でしげしげとジョーの手を眺めていたが、やがて低い声で言った。

「こっちへ来い」

ボスは、執務机の後ろにある小さな扉を開けて奥へ入った。茶トラとジョーがあとに続く。
今までいた部屋よりもずっと狭く、何も装飾のない殺風景な部屋の中央に、異様な物体が据え付けられていた。
猫人ひとりがすっぽり入れるほどの円筒形のケース。周りは、たくさんの配管や計器に囲まれている。
茶トラが、ケースのわきにある踏み台に乗って、何か操作した。台を降りてジョーを見、ケースを指差した。

「覗いてみろ」

ジョーは踏み台に乗った。
ケースの上部についた小さな扉が開かれ、透明な板を通して中が見えるようになっている。はじめは暗くてよく見えなかったが、目を凝らすとだんだん見えてきた。
ジョーはとつぜん、身を跳ね起こした。後ろ向きに台を降りようとして踏み外し、勢いあまってでんぐり返って壁にぶつかった。

起き上がったジョーの顔は真っ青になっていた。
ケースの中に「いた」もの――
それは、全身がクラゲのように透明になった猫人だった。ケースに満たされた水の中に身じろぎもせずに浮かんでいたが、ジョーがその形を認めたのがわかったかのように、ぱちっと目を開けてこちらを見たのだ。

「俺の息子だ。半年前にチエクラゲにやられた」

ボス猫の声にハッとして、ジョーは声の主を振り返った。

「チエクラゲ?」

「そうだ。おまえは最近、光る触手を見なかったか」

「……あいつか」

ジョーはぼうぜんと呟いた。居心地のよい隠れ家で、断りもなく俺の本を読んでいた、あいつ。

「だが、俺はあいつにさわりもしなかった。あいつがどうやって俺をこんなにしたと言うんだ」

「チエクラゲの毒は強力だ。触手が触れたものにさわっただけで、感染してしまう」

ジョーの手に、チエクラゲが読んでいた本になにげなく触れたときに感じた、ピリッと電流の走るような感覚が蘇った。あのときに――

「俺も、こうなるのか」

ジョーは、魂の抜けたような顔でケースを見上げた。

「両手を打ち合わせてみろ」

だしぬけに、ボス猫が言った。
極端に思考力が低下していたジョーは、反射的に言われたとおりにした。

ぴしゃんんん!

びしょびしょの濡れ雑巾を叩きつけたような音が響き、打ち合わせた手のひらの間から、大量の水が噴き出した。

驚いたジョーが横へ跳びのくと、四散するかと見えたその水は、塊となって空中にとどまった。
ゆらゆら揺れながら形を保とうとする塊の中心から、新たな水がこんこんと湧き出しているようだ。

挿絵:服部奈々子

挿絵:服部奈々子

(第七話へ続く)

(by 芳納珪)

※赤ワシ探偵がハードボイルドに活躍する「フロメラ・フラニカ」はこちらから!
※赤ワシ探偵が地下世界に幻の交響曲を追う「ニフェ・アテス」はこちらから!
※赤ワシ探偵が伝説の怪物に挑む「ノルアモイ」はこちらから!
ホテル暴風雨にはたくさんの連載があります。小説・エッセイ・漫画・映画評など。ぜひ一度ご覧ください。<連載のご案内> <公式 Twitter

スポンサーリンク

フォローする