ジョーは、磁天に作ってもらったニセモノのナマコ面を被った。岩で作ったものだが、水の中で浮力が働いているため、それほど重さを感じなかった。
目と鼻の位置に小さな穴が空いているが、外から見ると表面のゴツゴツに紛れてわからない。これでジョーも、顔のない作業員の一員となった。
ジョーと磁天は、それぞれ別の農場に潜入し、ボスの息子を捜しはじめた。
〜〜〜 現在 山猫軒 〜〜〜
深夜の店内に、再び馥郁たる香りが満ちている。
ハーブティのおかわりを淹れながら、ジョーは喋り続けた。
「……潜入は簡単でした。監視役のチエクラゲは各農場に一人しかいないので、いくらでも隙をつくことができました。本物のナマコ面には意識を朦朧とさせ、従順にさせる作用があるので、真剣に見張る必要がないのです。
ボスの息子の捜索には何日もかかりました。作業員は全員、面をつけてほっかむりをしていますが、体格などからある程度は目星をつけることはできます。しかし、いくら監視の目が緩いとはいえ、大きな動きをすれば目立ちます。広い農場に散らばる作業員の間を走り回って確かめるわけには行きませんでした。
作業員たちからボスの息子の情報を得ようとして、『思声』で呼びかけてみることもしました。ですが、あまり役には立ちませんでした。『思声』が通じる割合はだいたい半分で、通じたとしても面の作用により意識が変性しているため、なかなか会話が成り立たないのです」
「そう、何日も……大変だったわね。でも、例えば、みんなが集まる食事のときとかに捜すことはできなかったの? 食べるときは面を外すでしょう?」
カテリーナが、じつに面白そうな表情でジョーを見た。
ジョーはまじめくさって答えた。
「食事をとることはありませんでした。不思議なことに空腹は感じないのです。暗くなればその場に横になって休むだけです」
カテリーナの笑みがますます深くなった。カウンター越しにジョーを見る瞳が、彼女の言いたいことを雄弁に物語っているようだ。
「……作り話だと思っていますね」
ジョーが静かに微笑むと、カテリーナは大げさに目を見開いた。
「あらあ、そんなことないわ。私はただ、『ボスの息子』の名前がどうして出てこないのかしら、と思っただけ」
「本名を出すのはいろいろと差し障りがあるだろうと思うからですよ。それでは仮に、ジャックとしましょうか」
ジョーはカウンターにある酒瓶のラベルの文字を指さした。
「いいわ。ジャックね」
カテリーナはうなずいた。
〜〜〜 十二年前 〜〜〜
農場に潜入してから、ジョーは別の農場にいる磁天と、ときどき「思声」でやりとりしていた。
「思声」は普通の音声と同じように、距離に応じて通じやすさが変わるようで、頭のなかに届く磁天の「思声」はよほど集中しないと聞き取れないほど小さく、雑音混じりだった。しかし、磁天の方でもジャックをまだ見つけられていないことはわかった。
そんなある日、ジョーは赤紫の畝のあいだに、小柄な猫背の人影を見つけた。
監視員の目を気にしながらそろそろと近づいてみると、たしかに若い猫人だった。
ジョーは「思声」で話しかけた。
(ジャックか?)
相手は、ハッと顔を上げた。その動きは、ナマコ面の作用で朦朧としているようには思えなかった。ゴツゴツした面の小さな目の穴の向こうに、知性の光が見えるような気がした。
(第十三話へ続く)
(by 芳納珪)
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