ハイイロの翅は、すさまじい力でニニエをつれさろうとする。
メメイは必死にしがみつく。
脚がちぎれるかと思ったとき、めり、と音がした。
ふたりのからだは飛び上がった。
あっ、と思って下を見ると、軸索の森がすごいはやさで遠ざかっていくところだった。脚は、折りとられた枝をつかんでいた。
怖い、怖い、怖い、
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
メメイはがたがた震えながら、ニニエの胴をぎゅうっと抱きしめた。
いつも、手を伸ばせば枝があった。枝につかまりながら、ペウをしゃぶって、ほかのコドモたちと追いかけっこをした。疲れてまどろむ、幸せな時間。
枝に戻りたい。
ソラなんかに行きたくない。
もう、どれくらい離れてしまったのだろう。
ここには、懐かしいものはひとつもない。
ニニエも、もうメメイが知ってるニニエじゃない。
寒い。風で、目を開けていられない。
……ニニエの背中に回した手に、何かが触れた。
ハイイロの翅だと気がついたとき、ぬるくてなめらかなものが腕をのぼってきて、ほおに貼りついた。
すると、それまで悲しくて混乱していたココロが落ち着いた。
ソラへ行きたい。
ハイイロのココロがそう言っていた。
風が穏やかになったので、目を開けた。
そして、自分の背中にもハイイロの翅があることに気がついた。
翅はかんたんに動かすことができたので、メメイはニニエから離れた。
ここが、ソラだ。
はてしない広さ。前にも後ろにも、どこまでも飛んでいける。メメイのハイイロは、その広さを喜んだ。
大勢のコドモたちが点々と浮かんでいる。みんな、ハイイロの翅を背中につけている。
ソラは、ハイイロと同じ色で、奥の方が円錐形に垂れ下がっていた。
あれが「とがりつむじ」だ。
メメイは、ほかのコドモと同じように、「とがりつむじ」に引き寄せられていった。
胸が焦げるほどの懐かしさ。
長い時間をかけて、「とがりつむじ」の近くまで来た。
圧倒的な大きさの「とがりつむじ」は、渦を巻いていた。恐ろしいいきおいでぐるぐる回りながら、下へ尖っているのだった。
さらに近づくと、横向きに吹きすさぶハイイロが目の端までいっぱいに広がった。
すうっ、と体がさらわれた。
「とがりつむじ」に巻き込まれながら、メメイのハイイロのココロは幸せで気が遠くなっていった――
枯れて、はがれていくハイイロの翅。
メメイのココロが戻ってくる。
砕けたハイイロが渦巻く中で、ほかのコドモたちともみくちゃにされ、「とがりつむじ」の先端から、メメイは吐き出された。
ひとつの方向に、強く引き寄せられる。
「青い弦」が終わって、重力が揺れなくなったのだ。
ハイイロが体からいなくなっても、広さは怖くなかった。安定した重力へ落ちていくことも。
加速の中で、背中が熱くなった。
めりめり、と身体の中から音がする。
体膜をつきやぶって、あざやかな黄色の翅が生えた。
その瞬間、メメイは自分のココロで、まわりをはっきりと見た。
見渡すかぎりに無数のコドモたちが浮かんで、黄色い翅を咲かせている。
彼らはもう、コドモではなかった。もちろん、メメイ自身も。
いま、わかった。
これから帰る軸索の森にいるオトナたちが目覚めることは、もう、ない。
コブの中で溶けたオトナは、次の世代のコドモになって生まれてくる。
オトナになったメメイたちは、「とがりつむじ」の終わりから「匂い爪」がはじまるまで、コドモの面倒を見る。コドモがひとりでペウを見つけられるようになるころ、急に体が弱くなる。ほとんど動かなくなって、コドモが持ってきてくれるペウを舐めて過ごす。そしてふたたび「青い弦」が来たら、重力酔いに耐えられなくなって、コブを作るのだ。
終わりは見えた。しかし、それがなんだというのだ。かわいいコドモたちが待っている。輝く黄色い翅がせわしなく枝を行き来し、話し声や叫び声が森にみちる、にぎやかな季節がやってくる。
懐かしい森が、近づいてきた。
(by 芳納珪)
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