「塑界の森」試し読み~『五つの色の物語』(ホテル暴風雨絵画文芸部)より~

ホテル暴風雨には「絵画文芸部」という部活動があります。入部資格は「絵も描き、文章の物語も書くこと」。活動内容は「(紙の)本を作ること」です。
2019年に1冊目『エブン共和国〜幻惑のグルメ読本〜』を出し、2020年11月には2冊目となる『五つの色の物語』を刊行しました。

Amazonで販売中です

今回はその『五つの色の物語』に収録されたお話の冒頭を、試し読みとして掲載します。
私が書いたのは〈赤の物語〉。明治時代風の架空世界を舞台に、自分の表現を模索している画学生が、絵の道を志すきっかけとなった幼い頃の出来事に再び関わっていく青春ファンタジーです。


「塑界の森」 芳納珪 / 服部奈々子

真新しい筆に、赤の絵の具をつける。
画布の上に、一枚一枚、赤い葉を描く。
少しずつ濃度を変えて、奥行きを出すように、幾重にも埋め尽くしていく。
だけど、あの赤にはとうていおよばない。
宝石のように輝く赤。薄い葉の重なりを透過する光の表現。
「ふーん、蛍火(ケイカ)くんも瑚葉(コヨウ)の〈赤い森〉の真似?  多いよね、そういう人」
背後から声をかけられて、蛍火は飛び上がるほど驚いた。反射的に、持っていた筆で画面をめちゃくちゃに塗りつぶしてしまった。この時間の画室には誰も来ないと思っていたのに。
「あっ、べつに嫌味とかじゃないよ。模倣は必ずしも悪いことではないって、先生も言ってたじゃん」
蛍火は振り向いて、声の主を睨みつけた。同じ組の生徒だ。親しく口を聞いたことはないが、馬が合わないタイプだという気はしていた。名前はたしか、奈天(ナテン)といった。
蛍火は返事をせず、塗りつぶした画布を乾燥棚に入れ、道具を片付けた。そのまま、忘れ物でも思い出したようなそぶりで画室を出て行こうとした。
「瑚葉、ここんとこ学校に来てないんだってな。せっかく専用の画室も用意してもらってんのに。家が金持ちだからお高くとまってんだろうな。ま、俺は俺の表現を追求するだけだからカンケーないけど」
奈天は自分の画材を準備しながら言った。ひとりごとのようなさりげない口調だったが、扉を開けかけた蛍火の背中がぴくりと震えた。
(おまえに何がわかる)
後ろ手に扉を閉める音に合わせて、口の中でつぶやいた。

蛍火は画学校の校門を出て、翠路(スイル)へと歩いた。首都裡剛(リゴウ)きっての繁華街で、運河沿いに汁粉屋やら映画館やら土産物屋やらが軒を連ねている。七年前に起きた震災で、このあたりも壊滅状態になったらしいが、今はすっかり復興し、破壊の痕跡はほとんど見当たらない。
画学校に通うため裡剛に出てきてから二月。最近やっと、一人で街を歩くのにも慣れてきた。本道よりも一段低くなっている運河岸の歩道に降りて、柳を揺らす川風に吹かれながら歩いていると、だんだん頭が冷えてきた。
画学校に入ったのは、たしかに瑚葉に憧れたからだった。蛍火よりも年下なのに、一昨年、特例で早期入学した天才少女。画学校の現役学生にして押しも押されぬ流行画家。作品は飛ぶように売れ、その名声は不動のものになりつつある。
蛍火は、故郷に来た巡回展で、初めて瑚葉の作品を見た。そのときの衝撃は忘れられない。展示されていたのは、赤い森の絵ばかり。生命が尽きる前の最後の燃え上がりのような、凄みのある美しさは、とても少女が描いたものとは思えなかった。
だが衝撃だったのは、絵の素晴らしさだけではなかった。
まさに瑚葉の絵に描かれているような赤い森を、蛍火は毎日見ていたのだ。

――――つづく

続きは『五つの色の物語』(ホテル暴風雨絵画文芸部)でご覧ください。

『五つの色の物語』について、他の収録作品など詳しくはこちらのページを。

『五つの色の物語』収録の他の作品の試し読みページは↓こちら↓です!(順次掲載予定)

<黄の物語>浅羽容子作 「サスキ氏の黄色い一日」

<緑の物語>クレーン謙作 「緑色のあいつ」

<白の物語>松沢タカコ作 「Confession of Love」

<青の物語>斎藤雨梟作 「はじめの青い海」

Amazonの販売ページは下のリンクをご覧ください。

「塑界の森」収録『五つの色の物語』をAmazonで見る

 (2020年11月までにAmazonでご注文くださった方へ:初期出荷分に印刷不良がありました。こちらのページを参考に、修正版への交換手続きをお願いいたします)

☆     ☆     ☆     ☆

ホテル暴風雨にはたくさんの連載があります。小説・エッセイ・漫画・映画評など。ぜひ一度ご覧ください。<連載のご案内> <公式 Twitter