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栞の葉の切れ端をたっぷり放り込んだ木組みに点火すると、七色の炎が上がった。
浴衣を着た女たちがその周りで踊り、男たちは勇壮に和太鼓を叩いた。私はしおりの隣に座って、食べたり飲んだりした。学食でするのと同じように、楽しそうに本の話をするしおりを見て、ここへきてよかったと心から思った。
お腹がいっぱいになると、しおりと一緒に火のそばに行った。炎は揺らめきながら色を変え、この世のものとは思えないほど美しかった。私は夢を見ているような気分になってきた。
「ねえ、しおりちゃん。スマホの充電もう終わったんじゃないかな。写真撮りたい」
「立石さん、ごめんなさい」
手に、しっとりと柔らかいものがからみついた。しおりの手だった。
「撮影は禁止です。このお祭りは外に知らせない秘祭なんです」
「へえ、そうなの」
しおりの手はマシュマロのようにふわふわで、とろけそうに心地よかった。
キンシ? ヒサイ?
七色にうつろう炎は時に大きく膨らみ、突き出した形が生き物のように蠢いた。その様子はまるで野外劇のようで、いくつもの物語が重なりあって頭の中に入って来た。いにしえの王子と王女の悲恋、宇宙の果ての逃走劇、歴史の闇に埋もれた争い。
個性あふれるキャラクターが群れをなし、万のタイトルと億のセリフが渦を巻いて流れ出す……。
* * * *
「気分はどうですか」
すぐ近くで女の人の声がした。
目を開けたつもりだったが、何も見えない。少しして、真っ暗闇だからだと気付いた。
頭を動かすと、こめかみがズキンと痛んだ。私は布団に寝かされていた。
横に座っている声の主のシルエットが、だんだんと浮かび上がってきた。
一瞬しおりかと思ったが、違った。誰だろう。
「あなたの荷物と靴はここにあります。私についてきてください。今なら誰にも気づかれませんから」
体を起こそうとしたが、頭痛はますますひどくなるし、体が自分のものじゃないみたいに重かった。
私のうめき声を聞いて、謎の人物は心配そうに前かがみになった。
「煙に当てられたんですね。辛いでしょうけど、頑張ってください」
「え……と……何を頑張るんですか」
「ここから出るんですよ」
「なんで」
「……あなたは、栞の葉を燃やすところを見ましたね。あれは本来、この土地の者以外は目にしてはならないのです」
は? 何その横溝正史。
「しおりはそんなこと何にも言ってなかったけど。そうだ、しおりは? ていうか、あなた誰?」
だんだん頭がはっきりしてきた。相手の顔も、前より見えるようになった。若くはない。50歳ぐらいだろうか。
「あなたが言っているのはミキちゃんのことね。……あなたと同じように具合が悪くなって、寝ています。でも、あの子は土地の者だから。私はミキちゃんの親戚で、あなたに危険が及ぶ前に逃がしてやってくれと頼まれたの。年寄りの中には迷信深い人もいるから」
話の後半は耳に入ってこなかった。私は静かな衝撃に打たれていた。
「ミキちゃんって、何ですか……しおりって、本当の名前じゃなかったの……」
すると彼女は、意外なことを言った。
「『栞』は苗字よ」
私は、しおり、いや栞ミキと出会ったときのことを思い返した。
たしかに、「しおり」と言ったあとに口ごもっていた気がする。
私(立石ミキ)と同じ名前だから、言いにくかった?
急に冴えわたった思考の真ん中に、ぽっかりと大きな空洞があいたような気がした。
私はしおりと仲良くなったと思っていたのに、彼女の名前すらも知らなかったのだ。
――――つづく
(by 芳納珪)
【会期】11月19日(木)~12月1日(火) 【会場】ギャラリー路草(池袋)
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