誰かのために 第十三話

【第十三話】

その業者は、産業廃棄物を処理している会社で、寄付と引き換えに、町内のある山林の一部を自腹で開墾するので、そこに廃棄物の処分場を作りたいと願い出た。
彼らの欲する山林は、町中から離れた、隣町との境界付近にあり、そこはほぼ荒野で廃棄物の処分場としては適切だというのだ。

「まだ、議会で諮るほど煮詰まっていないので、多くの町議はまだこのプロジェクトの存在を知らないのですが、数名の議員と職員で構成されたプロジェクトメンバーの中には、この案を受け入れる者も多くいて、彼らは議会に諮ろうと提案しているのです」

「まあ必要なら、諮ればいいんじゃないですか。……でも、そもそも寄付って普通、見返りないものですけどね。土地を求めるのであれば、それは寄付じゃないですよね。それって単に、町所有の土地を買わせろということですよね」

「そうなんです。しかもね、その山林の一角には、ある高齢のご夫婦が作っている林檎畑がありまして……」

「ああ。じゃあその山林は、そのご夫婦の所有地なんですね?」

「元はそうなんですが、ここ数年、固定資産税を滞納されていまして、差し押さえで町のものになってしまったところなんです」

「ええっ」

「ご夫婦はそこで林檎を作っていて、僅かな収入を得ながら、ほぼ自給自足の暮らしをなさっていたんです。でも、数年前に大きな台風があってその年の収穫がうまくいかなくて、払えなくなっちゃったんですよね」

「それって、猶予とかされなかったんですか?」

「おそらく、そういう手続きを、ちゃんとなさらなかったのかもしれません。なにぶんご高齢なので、そういうことをご存知ない可能性もあります」

「それにしても、いきなり土地を差し押さえだなんて……。まずは預金とか給料とかですよね?」

「預金はほとんどなかったようです。ご高齢ですし、給料というのは特にないみたいですね。とはいえ、年金を差し押さえる、というわけにもいきませんし」

「だから土地を?」

「はい。ご夫婦の財産といえば、それしかなかったのでしょう。お子さんはなく、頼れるご親戚なども、既に他界されておられるようで……」

「……やりきれないですね。じゃあ、そこではもう林檎が作れない?」

「いずれは、そうなることもあるのかもしれません。ご夫婦だけ特別扱いもできませんし」

「まあ、そうですよね」

「でもね、そこは林檎畑以外に、そもそも利用価値がないような土地なんですよ。ご夫婦だって、追い出されても他に行くところもないみたいですし、なので、今のところは、そのままお住まい頂いて、変わらず林檎を育ててます」

「土地の使用料とかもなく?」

「ええ」

「ああ、それは良かった。でもいずれは、立退きとか取り押さえとか、ひどい場合には、行政代執行とかもするんですよね? そうなった時に、ご夫婦がお困りにならないといいけれど。その辺のことは、きちんとお伝えしているんですか?」

「うーん。たぶん、そういうことにはならないと思います」

「ん? 立退きとかはない、ということ?」

「はい」

「あ、そう、なんですか?……あ! 例の竹林さんの施策ですか? 寛容性の」

「いやいや。そうじゃなくて……。ご夫婦がそこに住み続けるのは、ご夫婦のためだけではないんです」

「えっ? どういうことですか?」

「そのご夫婦が育ててらっしゃる林檎というのが、希少種らしくて、まあ、美味なんですよ」

「はあ……」

「ご夫婦で収穫する数が少ない上に、栽培している人もご夫婦以外にはいないので、希少価値が高く、割と高値で売れるんです」

「じゃあ、滞納していた固定資産税も払えたんじゃ? ……今更ダメ、なんですよ、ね?」

「そうですね。納付期限も督促期間も過ぎてしまっていて、既に差し押さえられたので、今から納税されても元通りにはならないです。訴訟を起こせば別かもしれませんが。その費用もかかりますしね」

「じゃあ、もうどうやってもそのご夫婦の土地にはならない?」

「そうです。ご夫婦には気の毒ですが……。でも、今回の問題はそこではなくて」

「あ、はい」

「万が一、寄付と引き換えにその土地の権利を業者に委託ないしは譲渡したとしても、我々は、その希少種の林檎を、例の道の駅で売りたいわけです。だから、林檎畑は残したい」

「なるほど。林檎をキャラクター化して売っていくのなら、たくさん種類があったほうがバリエーションも広がるし、そもそも珍しくて美味しいのなら、その林檎そのもので集客につながりますからね。林檎畑はどれくらいの規模なんですか?」

「ご夫婦二人でやってる畑なんで、そんなに広くはないんです。だけど逆に、却って限定感が出て良いのではないかと……」

「確かに。でも、業者は畑の部分を差し引いてもいいと言ってるんですか?」

「はい。そこは了承済です」

「うーん、なるほど。でも……林檎畑の横に、処分場を作るってことですよね? それは、どうなんでしょうね」

「そうなんです。産廃業者に処分場を作られたら困るんですよね。林檎の品質も下がるかもしれないし、第一、イメージも悪くなります」

「そこに何を置くかにもよりますが、いずれにせよ廃棄物ですから。おそらく土壌は汚染されるでしょうね」

「そうですよね……。といって、林檎の木を他に移植したら、もしかしたら枯れてしまうかもしれない。事実、大昔にそのようなことをしたけれどダメだったという記録があるらしく。とにかくそこでしか育たない木みたいで。だから、業者に事情を話して、この土地は諦めて、町が持っている別の土地を代わりに提案してみたのですが、聞き入れてもらえなくて……」

「え? なぜですか?」

「……わからないんです。でも、どうしてもそこの土地じゃないとダメだと言い張る」

「へえ……。その土地が便利、とか?」

「いえ。山林ですから。とても便利とは……」

「逆にそういうところのほうが、都合がいい、とか?」

「それはあるかもしれませんが、代替地もかなりの僻地なので、そこはあまり変わらないかな」

「じゃあ、一体?」

梅木浩子は、上を向いてグーっと鼻で息を吸い込み、力強くハアッと吐き出して言った。

「……この先の話は、絶対ここだけで留めてほしいのですが」

「……はい」

「その土地は、隣接する桜の宮町との境界にあるんですね。そして、この産廃業者は、その桜の宮町の松野町長の親戚が営んでいるです」

「はあ……」

「松野さんが、うちの竹林さんを敵対視しているのはご存知ですか?」

「え? あ、そうなんですか」

「なんか、高校の同級生らしくて。旧知の間柄なんだそうです」

「へえ。じゃ、なんかあったんですかね」

「竹林さんに訊いても心当たりがないって言うんですね。でも、奥さんの宏美さんによると、どうやら親しくされていた時期もあるみたいなんですが、大学進学に関して、トラブルというか、競争的なものがあったらしいんです」

「同じ大学を受験して、片方だけ落ちた、とか?」

「いえ。あの、指定校推薦という受験の仕方がありますでしょう。成績の評定値では松野さんのほうが少しだけ上だったらしいんですが、生徒会活動とかそういう身辺的なところで、先生からの評価が竹林さんの方が上だったみたいなんですよね。それで、その枠には、竹林さんが推薦されてしまったみたいなんです」

「ああ。なるほど」

「その時のことを恨んでおられるのではないか、というのが、宏美さんのお考えなんです」

「えー。それはどうかなあ? そんなこと、ありますか?」

「私も〝それだけで?〟とは思うんです。40年くらい前の話ですし……。ただ、前にもお話ししたと思いますが、竹林さんは、確かに善人なのですが、時々周囲の人をモヤっとさせることを言ったりやったりするんですよね。単に指定校枠を取られたというだけでなく、なんか他にもモヤモヤすることがあって確執が残っている、ということはあるかもしれません」

「はあ……。でも、そんな私情で町政に取り組まれてもねえ……。もし仮に竹林さんに対して敵意があったとしても、わざわざご親戚に林檎畑を潰させて処分場にする理由が……」

「そこなんです。私は、処分場は口実だと思うんです。さっきも言ったように、その林檎畑のある山林は、桜の宮町との境界なんです。あの辺り元は全て同じ村だったのですが、明治以降の行政区分上、今のように線が引かれた。桜の宮町でも林檎は栽培されていますが、あの品種は取り扱いしてません。とにかく美味しくて良い林檎なので昔から需要はあって、作れば高値で売れるんですが、ちょっと繊細な品種らしくって。土を選ぶんだそうです。あの山林でしか育たない」

「へえ……。幻の林檎、みたいな」

「そうです。まさに幻。今はね。昔、境界線が引かれる前にはあちら側にも木があったそうなんです。でも、線が引かれた後、全て枯れてしまった」

「奇妙な話ですね」

「ホントですよね。種から苗を育てて植えてみたり、あそこのご主人が、ご自身の畑の木から株分けしてみたりもしたけど、根付かないんですよね。元は生えてたのに」

「他の場所でも?」

「はい。そもそも、あのあたりの山林だけで自生している、ちょっと変わった種類なんです」

「なんだか、気になってきました」

「でしょう? そう。あの林檎には、物語があるの。価値がある。桜の宮町からすると、妬ましいと思うんです。だって、その昔は自分の土地でも採れていたんだもの」

「なんで枯れたんですかね? 誰かに何か撒かれた?」

「……わかりません。でも、とにかくあちら側にとっても、あの林檎がなる土地は、喉から手が出るほど欲しいんだと思います」

「そんな宝物がこの町の人里離れた山奥に潜んでるんですね」

「まあ。そういうことです。町の境界線はなかなか変えることはできません。関係自治体が合意をし、それぞれの議会で承認された上で、県や国の許可を受けなければならないからです。桜の宮町の松野町長は、あの林檎が欲しい。いや。正確には、あの林檎のなる土地が欲しい。でも土地は取れない。少なくとも地政学上は。じゃあ、もしそこに自分の息がかかった業者が入り込み、土地を占有することができたら? そこで収穫された林檎はどこに行きますか? 自分の町で売ることができるのでは?」

「だから、その土地にこだわるのだと?」

「そうです」

「ハハハ。梅木さん、面白いこと、考えますね」

【第十四話へ続く】

(作:大日向峰歩)


*編集後記*   by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟

いよいよ出てきました、リアル「りんご」が。そして怪しい産廃業者に町長同士の高校時代からの確執。ローカルで、どうしようもないからこそどうにもできない問題を、柏の宮町政は抱えていました。ハハハ、面白い、と他人事の余裕を見せている小田原泉ですが、さてこの後どうなる? どうぞお楽しみに!

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