心を紡いで言葉にすれば 第22回:最後に残るもの

8080号室『内言漏れてるから』にて目下連載中の『潮時』では、5つめの潮時〝ドライビング・ミスター・フルムーン〟のお話が終わりました。
この話の主人公である満男夫婦については、この後の〝潮時〟の中で、再び登場する可能性もあり(!)、その点も今後のお楽しみにしていただけると幸いなのですが、家族が認知症と診断されるまでは、満男たちのように、とかく動揺するものです。診断後も『心を紡いで言葉にすれば』の第15回「なんでそうなるの?」で紹介した映画『ファーザー』(主演:アンソニー・ホプキンス)の名言「自分の葉が一枚ずつ落ちていくようだ」のように、消えていく記憶、消えていく家族を前にただ狼狽する。

私もそうでした。
最近は、(そのことにおいては)ちょっとやそっとではショックを受けない、泰然自若の心持ちになりましたが、それでも、認知症の家族との日々の暮らしは、驚きの連続です。

この『心を紡いで言葉にすれば』の第8回「記憶の森の奥深く」でも記したように、人間の記憶というものは、かなり危うい。薄氷の上を歩くように進む日々の暮らしの中で、それでもかろうじて自分の足下を疑わずにいられるのは、若さだったり、信念だったり、無知だったりがあるからで、その危うさに気づいてしまった日から、石橋を叩いて渡るような自分に気づき、慄くことになるのです。

先述の通り、私は目下、認知症の親の介護の渦中にいるのですが、巷でよく言われてる現象と、目の前の母の様子が違うことは、よくあります。

例えば「今は失っても、昔のことは残り続ける」というもの。

私の知る限り、これは正しくない。
まあ、そういう人もいるとは思うので、一概に〝嘘〟だとは言わないまでも、正しくもない。
断片的に残る故郷の記憶とか、繰り返される幼き日の思い出は、時々現れます。
昨日今日の記憶は、たった1秒前のものでさえ跡形もなく無くなるのですから、その意味では、確かに〝昔 > 今〟なのかもしれません。

でも肌感覚としては、たとえ遥か昔のものでも、覚えていないことのほうが圧倒的に多い。
それが人生の節目にあたるイベント的なものであったとしても、日々の日常同様、平等に失われる。
幼少期の怪我も、学校の卒入学も、就職、結婚、出産、夫の死、孫の誕生も全て。
産んだ記憶はないのに目の前にいるのは娘だとわかる、という謎の現象も普通に生じます。

一般的な言説との差異は、他にもあります。

認知症になると「性格は変わるように見えるけど、その本質は変わらない」というもの。

あれほど好き嫌いの激しかった母は、今、何を見ても好悪の反応を示さないばかりか、好きだった(嫌いだった)記憶がないために、何にも執着できません。さながら菩薩のよう。いや。執着しないのだから、如来か。いずれにせよ、明王的なかつての母からは、想像できないお姿で……。仏の位が上がったというか、性格がガラリと変わったというか。難しいところです。

母の血を引いているからか、今もって好き嫌いに振り回されてる我が身としては、ある意味、幸せだと羨ましく思うけれども、どれも身体をただ素通りしていくだけの虚しさを、不憫にも思います。

それでもたまに、何かの刺激が母の体を通り抜ける途中で「あら、これいいわね」などと留まることもあって、〝それを好きだった自分の記憶〟は無くしても、〝それが好きという感覚〟はまだ残っていたりするんだなあと感慨深く思ったりもします。

きっとこれが〝本質は変わらない〟というやつなのかもしれません。
でもその多くが失われているのも確か。好きだったはずものを「そう?覚えてない。別に好きじゃない」とか言うのも日常茶飯事で。日によって反応も違うし、恒常的に残っているわけでもない。そうなると〝本質〟とやらは、果たして本当に変わらないのか疑問なのです。
たぶんこの先、僅かに残るその好悪の感覚も、一枚ずつ葉っぱが落ちていくように少しずつ消えていくのかもしれません。

記憶には、身近な全てのものを〝一瞬の間〟だけ保持される『感覚記憶』と呼ばれるものと、会話をしたり作業したり〝何かの認知活動をする間〟のみ脳内に留まる『短期記憶』と呼ばれるもの、生活するために〝恒久的に〟覚え続けている『長期記憶』と呼ばれるものの3種類があります。

一般的に、認知症(主にアルツハイマー型認知症)の場合、とりわけ短期記憶に決定的な障害の出ることが明らかとなっています。だから、会話をしながら同じことを何度も話すし、話の順序は破綻するし、探し物をしながら何を探しているのかを見失って混乱する。散歩に出ると迷子になり立ち尽くす。食べたものは食べた行為ごと忘れ、食事を催促し続ける。

長期記憶には、言葉にできる記憶である『宣言的記憶』というものと、言葉にできない記憶である『手続記憶』があります。

宣言的記憶の中でも〝誰といつどこで何をした〟というような、時間や場所にまつわる記憶は『エピソード記憶』と呼ばれますが、アルツハイマー型認知症になると、この記憶もかなり失われるようです。
人生のイベントごとを忘れてしまうというのは、ここに障害が出ているからだと考えると自然です。その結果、「子どもを産んだ覚えはないけど、目の前で微笑む女は、たぶん私の娘なのだろう」と思えるわけです。やがてその顔も忘れていくのでしょうが……。

宣言的記憶には、その他に『意味記憶』と呼ばれる、ひとつひとつのエピソードが抽象化され、知識や概念として昇華した記憶があります。

〝娘〟や〝息子〟は、自分の子どものことであるとか、シャツの〝襟〟とは、首の部分についている布切れで、〝タートルネックのように首を覆うもの〟もあれば、〝カッターシャツのように折り返し、正面は三角の形状をしているもの〟もある、という記憶。それらは経験によって作られた、概念であり知識なのです。

アルツハイマー型認知症の場合、短期記憶やエピソード記憶に比べ、初期のうちであれば、まだこの記憶は比較的残りやすいようです。だから、ちょっとデザイン性の強い襟のついた服を着ていくと「あれ?なんか変わった襟ね」とか言う。花を持って行って「花瓶取って」と言うと、それを置いてある場所や、花瓶がガラスか陶器かという形状や丸か四角かという造形は忘れても、それが〝花を生ける器である〟という事実は覚えていて、何も指示出ししなくても、取るだけでなく、中に水を入れて、そこに花を生けようとする。

進行の初期段階でまだ覚えている記憶としては、もう一つの長期記憶である『手続記憶』があります。

これには、言葉にならない感覚として、匂いや音の記憶が含まれます。

私たちが久しぶりに実家に帰った時に「ああ、家に戻って来たな」と思うのは、視覚から入る情報だけなく、匂いの情報に反応するからなのかもしれません。なんといって表現していいのかわからないけど確かに嗅いだことのある匂いや、聞いたことのある音を、私たちは覚えていて、再びそれらに出会った時に懐かしく感じるわけです。

母が、ショパンのノクターンがどんな曲で、ショパンが誰で、ピアノの音やそれらが好きだった自分を忘れても、その曲が流れる度に「いい曲ね」というのは、音の記憶があるからなのかもしれません。事実、しばらく聞いていると「そういえば、聞いたことがあるような気がする。曲名は忘れたけど」とか言い出しますし。

手続記憶には、さらに、体で覚えた運動の記憶も含まれます。

何年乗ってなくても一度覚えた自転車の乗り方を忘れないから、私たちは普通にこぎ出すことができる。
折り紙で鶴を折ったことや手順を忘れても、折り始めると手が勝手に進み出す。
それらは体が覚えているからで、言葉で説明しづらい部分でもあるのです。
言葉で覚えていない証拠に、「やり方」とか「折り方」を書かれた文章を〝読んで〟も、再現できなかったりします。言葉で記憶していないから、言葉で説明されてもわからないんです。逆に、その動作を人に言葉で教えるのも難しかったりします。

母を見ていると、たぶん最後まで残る記憶は、手続記憶と意味記憶なのではないかと思っています。
「昔のことは覚えている」という定説は、決して昔の出来事を覚えているということはなく、動作や概念・知識が残っているということであり、昔から積み上げてきたものほど、体を動かし、知識を使ってきたことの証として、身体に、心に、それが沁みついて消えないのです。
認知症も症状が進んでしまうと、こうした記憶でさえ、無くなってしまうと言われています。
そして、セーターの着方がわからなくなったり、排泄物を口にしてしまったりする。

今のところ、母の元には、それらの記憶がまだちゃんと残っている。
母の部屋で、折り紙の本を見ながら「わからなくなった」と言って止まってしまう私に、母は母に戻って「どれ?みせてごらん」と言って先を歩いてみせる。「こうじゃなかった?」と言いながら、鶴を折る母の確かな手元を見ながら、私はまだ娘でいられる。

二つのうちのどちらかは、母の作品です。
出典:『カミキィの心やすらぐ癒しのおりがみ』

そんなふうに、母と娘でいられる時間も確かにあるけれど、今の私にとって、母は、母である前に、一人の研究対象として存在しています。

母との暮らし中で〝定説との違い〟を感じる度に、母の置かれている状況を、これまで学んできた知識で説明しようとしています。

でももしかしたら、そうしないと気持ちが保てないからなのかもしれません。

母の部屋の扉の前で「私の顔を覚えているのだろうか」「私のことを憶えているのだろうか」と考える時間。
扉を開けて、顔を覗かせた母に自分から「お母さん」と言い出さないのは、そんな母を試すようでもあり、「あなた誰?」と返される怖さから逃げているようでもあります。
いつかきっと来るその日のために、客観的な研究者の視点を持ち続けていたいと思うのです。
なぜなら怖いから。娘であることを忘れられた娘になりたくないから。
「今日はまだ覚えていたね」と茶化しながら、私は母に会うのです。

ご挨拶が遅くなりました。
2026年も『内言漏れてるから』を『ホテル暴風雨』ともども、よろしくお願い申し上げます。

(by 大日向峰歩)


*編集後記*   by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟

大日向峰歩作『心を紡いで言葉にすれば』第22回、いかがでしたでしょう。新年初のお話は『ドライビング・ミスター・フルムーン』最終話でしたが、今年初のエッセイは認知症のお話。さて、今年の重要なトピックになりそうな「記憶」とあなたはどう向き合っていますか? こんなにも心を占拠しながらもすぐに薄れてどこかへ行ってしまう「記憶」と、私もなかなか冷静になれず、自分自身を研究対象と思うことでどうにか対峙しています。そんな中、スリリングなひとときとしてこの連載を楽しんでいます。降りられない記憶のゲームをしながらぜひ、またお立ち寄りください。次回もどうぞお楽しみに。

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