「とても温かでとてもせつないきみの絵本」

人生には、絶対に勝てない戦いがある。
よけて通れないし、誰もかわりに戦ってはくれない。
正面から引き受けるしかないし、絶対に負けるわけにいかない。

しかし戦えば戦うほどわかってくる。
絶対に勝てないことが。
そんなときどうしたらいいのだろう?

「とても温かでとてもせつないきみの絵本」
という長いタイトルの絵本を読んだ。
カンガルーの夫婦の話。
長く信じあい、愛しあってきたふたり。
子どもたちも立派に育ち独立していった。
しかしある日、妻に異変が起こる。
初めはささいなことが、しだいに大切なことが思い出せなくなってしまう。
夫は全力でふたりの暮らしを守ろうとする。
しかし事態は好転しない。
幸せだった日々の記憶さえ、妻はいつか失っていく。

カンガルーの夫の心情は胸に迫る。
力の限りを尽くし、心の限りを尽くし、知恵の限りを尽くし、それでも望みがかなえられないとき、人はどうすればいいのだろう?

わたしは否定できない。
人生には、絶対に勝てない戦いがあることを。
しかしきっと、勝てないと知ってもあきらめてはいけないのだ。
何度もあきらめそうになって、そのたびまた立ち上がる。
そうして自分のすべてを賭けて戦ったものだけが、
勝ちでも負けでもない第3の道を見出せるのではないか。

カンガルーの夫は言う。
「よし きみが忘れたことのすべてを 僕が覚えていよう!」

原題はまったく違って「Au revoir, Adélaïde」(オ・ルヴォワール アデレード)
日本版には出てこないが、妻の名がアデレードなのだろう。
フランス語でadieu(アデュー)は永遠の別れの言葉、au revoir(オ・ルヴォワール)は日常的な別れの言葉で「じゃ、またね」という感じ。
作者がau revoirを選んだことのせつなさと温かさ。
それが邦題に息づいていると感じる。

原作はジュヌヴィエーヴ・カスターマン。訳は歌手のさだまさし。
千倉書房刊。

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