漱石はタダで、俺は1000円

夏目漱石『こころ』新潮文庫

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夏目漱石の『こころ』を読んだ。中学以来だから30年ぶりくらいか。
名作はやはり名作であった。
100年たっても読まれているのが当然と思われる面白さ。
すごい。
内容についても3時間は暑苦しく語れるし、語りたい。
しかし、あえて今日は別の話。
お金のことだ。

わたしはこの記念碑的名作を読むのに1円も支払わなかった。
アマゾンに行って、無料のキンドル本を買った(?)のだ。
キンドルストアには無料本も有料本もいっしょに並んでいる。
無料本が無料であるにはいろいろ理由があるのだろうが、
『こころ』に関していえば、夏目漱石が死後50年を経過し著作権が消滅していることと、「青空文庫」がボランティアでテキスト化していることが主な理由だろう。

誰もがただで名作に触れられる。これは素晴らしいことである。

しかし、新しい作品を売りたい作家や出版社にとってはどうか?
現役作家からすれば、まさに今日のタイトル通り、
「漱石はタダで、俺は1000円」
という状態なのだ。

不朽の名作が無料提供なのに、同じ売り場で「俺の本1000円で買ってね」と言わなければならないのである。
「俺のは超面白いから楽勝。漱石とか。プププ」という作家はいるかね?
いたら悪いことは言わない。『こころ』読め。

アーティストたるもの昔から、過去の天才たちを超えんと、天をつく志で精進してきたのは無論のことだ。
しかしそれも対等の競争あってこその話ではないか?
ほんの少し前まで、漱石先生でも現代作家でも、
同じ厚さの文庫本なら同じような値段だった。
これなら堂々の勝負。
ほとんどの者は負けて退場するが、ひとつまみほどの者は生き残り新しい古典となる。

ところが。いま価格上の競争は一変した。無料電子書籍のせいで。
「漱石はタダ、俺は1000円」
こういう戦いになったのだ。

おそらく小説に限ったことではない。
ネットで音楽も聴けるし映画も観られる。
過去の名作・傑作は、無料か、それに近い値段で。

人類史に残る天才たちと、彼らに大幅にハンデを与えた上で勝負する。

これが現代のコンテンツを作る者たちが置かれた状況なのだ。

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