とても長い夜が明け、朝になった。
あたし達を乗せた船は、静かに海の上を進んでいた。
いったい、この船はどこへ行くんだろう?
あたしは、お母さんやエレンの事を思い出して、寂しくなり泣いていた。
するとドアのカギがガチャリと音をたてて開き、ヴァイーラ伯爵が入ってきた。
ヴァイーラはあたしの顔を冷ややかに見つめ、
「レーチェル、昨夜はよく寝れたかね?」と聞いてきたけど、あたしはそっぽを向き、何も答えずにいた。
ヴァイーラはあたしの側まで来て、あたしの頭を撫でながら言った。
「安心しなさい、エレンに会えるぞ。もうすぐ『霧ヶ岬』という岬に着く。そこで、我らは戦いを回避する為の会合を開くのだよ。エレンは今、フレムという魔術師と動きを共にしている。・・・・私とゾーラは彼らと会い、話し合いをするのだ。我らも、戦いは望んではおらぬからな」
あたしは頭を撫でられながら、ヴァイーラの顔を見たけど、その表情からも手の感触からも、なんだか、心のある人間だとは思えずにいた。
「レーチェル、ひとつ聞きたいのだが、エレンは白い馬を飼っていなかったかね?恐らく、今、一緒にいるはずだがね、白い馬と」
どうして、そんな事を聞くんだろう?
あたしはヴァイーラの無表情な顔を見つめながら答えた。
「いるわよ。ジョーという名前の馬が。ジョーはね、とても頭のいい馬よ。それがどうしたの?」
ヴァイーラはニヤリと笑みを浮かべ、何かを思いついたようにして、船室から出ていった。
そして、ガチャリとカギをかけ、階段を上がっていった。
なんだか、とても悪い予感がする。
ヴァイーラがエレンに何か悪さをしなきゃいいんだけど・・・・・。
一人きりになったあたしは、なんだか段々と怖くなってきた。
もう怖くて心配でたまらなかった。
夜、怖くて眠れなかった時、お父さんがよく子守唄を歌ってくれた事を、あたしは思い出した。
あたしはその子守唄を小さな声で歌い始めた。
お父さんは言っていた。
『この歌は、いにしえの子守唄だ。怖くなった時、困った時には、この歌を歌いなさい』、と。
あたしは目をつぶって『いにしえの子守唄』を歌った。
しばらくすると、少しだけ気が楽になった。
ゆっくりと目をあけると、すぐ目の前にマーヤが立っていたので、あたしはびっくりした。
・・・・いつのまに、部屋に入ってきたのかしら?
あたしは歌うのを止めて、マーヤの顔を見た。マーヤは目から涙を流していた。
「・・・・・とても美しい歌ね」
そのようにポツリとマーヤは呟いた。
船室の窓から朝日が差し込んで、マーヤの顔を照らしていた。
マーヤはいつもと違って、とても優しそうで、そして悲しそうだった。
「マーヤは、この歌の意味が分かるの?あたしは『いにしえの言葉』が分からないから、この歌が何の事を歌っているのか分からないのよ・・・・」
あたしは、マーヤの顔を見ながら言った。
あの冷たそうなマーヤが泣いているのが、あたしには信じられなかった。
マーヤは昨日とは、まるで別人のようだった。
マーヤは、あたしの隣にそっと座り、そして涙をぬぐった。
「わたしも『いにしえの言葉』は全部は分からないわ・・・・・。でもね、人々が歌を聴くと『いにしえの世界』を思い出すのよ。どうしてかといえば、『歌』は『いにしえの言葉』に一番近いから。
『いにしえの言葉』は忘れ去られてしまったけど、歌の調べの中に、その名残りが残っているのよ。
人々が美しい歌を聴くと、いにしえの世界の感情を思い出すの。この世界が何でできているか、ほんの一瞬だけ、理解するのよ」
マーヤがなんだか難しい話を始めたけど、何を言っているかは、なんとなくだけど、分かった。
あたしはまだ小さいけど、バカじゃない。
「そうなのね・・・。でも、どうしてマーヤは泣いていたの?この歌は悲しい歌なの?」
マーヤは、再び涙を目に浮かべなら言った。
「わたしは今まで、どうして生きているのか、分からなかったの。何を見ても、綺麗と思わなかったし、何をしても楽しくなかった。自分が誰なのかも、分かっていなかったのよ。
・・・・でも、その歌を聴いて、わたしは本当は誰なのか思い出したの!
その歌はね、『子守唄』じゃないわ。何か大きな『力』を目覚めさせる為の呪文よ」
――――続く
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