オオカミになった羊(後編33)by クレーン謙

メリナ王国軍、南方地方司令官ケプリは羊村の名産品である懐中時計を取り出し、時刻を確認しつつ斥候兵からの報告を待ち侘びていました。
オオカミ軍に何か新しい動きが窺えたので、ケプリは未占領だったヴィーグリーズの谷へ斥候を差し向けたのです。
凝った装飾が施された懐中時計を眺め、ケプリはイライラしながら考えています。

「フン、なぜ我ら名誉あるメリナ王国軍の本隊がわざわざこんな辺境まで来て、たかだか少数部族であるオオカミ族を討たねばならぬのか ? しかもだ──オオカミの小僧と羊の小娘を始末する為に、軍隊を投入するというのは、実に狂気の沙汰ではあるまいか ? 」

今のケプリの望みはただ一つでした。
さっさと用を済ませ、国へ帰り仲間とバカ騒ぎをしながらラム酒をあおる事。
実際の所、ケプリは今のメリナ王国軍の方針には辟易としていました。
ここに派遣されているメリナ王国軍が、羊村のヘルメス大臣に利用されているのは、ケプリには分かっていました──ケプリには、ヘルメスが上昇志向の強いただの田舎大臣にしか見えず、そのような羊に動かされているのが気に入らないのです。

正午も回り、足元の影が少し傾きかけるころ、斥候兵が戻り司令官ケプリに告げます。
「ケプリ様。敵が動き始め、こちらへと向かおうとしております。しかし相手はオオカミではありません。──キメラ族です」

「キメラ族だと?キメラ族は確か羊族なのではないかね ? なぜ、彼らが敵についているのか ? 」

「分かりません。しかし兵の数はわずか二十匹ばかりです。装備も銃しか携帯しておりませぬ」

それを聞き、ケプリは声をあげ笑い始めました。
「ガハハハハ──血迷ったか、我ら二百匹の軍に二十匹で挑もうというのか ! キメラ族は血族で恩義もあるが、敵についたとなればやむを得ぬ。その数なれば、包囲をする必要すらなかろう。隊列を分けずに進軍し、半刻でケリをつけようではないか」

作戦など不要と判断したケプリは号令をかけ、ヴィーグリーズの谷へ向けて羊兵を行進させました。
敵の襲撃を受ける事なくメリナ軍がヴィーグリーズの谷に入り、辺りを窺うと、その谷には清流が流れており、自然がとても豊かであるのにケプリは気づきます。

「ほほう。いい所ではないか。ここを占領した暁に、オレはここに別荘でも建てるかな」

すると、どこかから銃声が響いたような気がしたので、ケプリがそちらに振り向くと、谷の上から光の玉が凄い勢いで向かっているのが見えました。
光の玉は軍隊の中心部に着弾すると、ピカっと凄まじい光を放ちます。
ケプリは光で目が眩みましたが、光が落ちた所を見ると、大地は黒く焼け焦げており、羊兵が三十匹ばかり消えていました──地べたには、羊兵の手や足が転がっており、煙が立ち上っています。
続けて、違う方向から光の玉が飛来。
逃げ惑う羊兵の近くに着弾すると、同じように四十匹の羊兵が蒸発するように消えました。
辺りは雷が落ちた後のような匂いが立ち込めており、体制を立て直す余裕もなく、羊兵は盲滅法に銃を撃ち応戦を始めます。

しかし、すでに羊兵達は谷の底で四方から囲まれていました。
応戦虚しく、次々と光の玉が羊兵に向かっていき、眩しい光の輝きと共に羊兵達は消されていき、たちまちの内に軍隊の数は半数に。
ケプリは銃を手に、姿の見えぬ敵に向け発砲をしながら副官に叫びます。

「なんだ、あれは !? ──敵は大砲を持っているのか?!」

「いえ、敵は我らと同じような銃しか撃っていません!あいつらは特殊な弾を使っています ! あれはきっと新」

言葉を言い終えぬ間に、副官は飛んできた光の玉の直撃を受け、消し飛び、背後の傭兵の近くに玉が着弾すると眩しい光を放ち、更に多くが姿を消しました──気がつくと、ケプリを含め、十匹しか生き残って居ません。
もう最期だな、と覚悟を決めたケプリ司令官は、銃を撃ちながら子供の頃を回想していました。
──回想の中でケプリは、幼なじみの羊達と軍隊ごっこをして遊んでいました。
ふん、こんな事になるなら軍人になるんじゃなかったな……と若干の後悔をしながら、ケプリは幼なじみの名前を一匹一匹思い出そうとしましたが、皆の名前を思い出さない内に、光の玉が真っ直ぐケプリに向かってきます。
そしてケプリの言葉どおり、ヴィーグリーズの谷での戦闘は半刻を待たずに終結しました。

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谷から少し離れた場所に身を隠していたソールとアルゴー元帥。
谷底で響いていた銃声がなくなったのでアルゴー元帥は、震えていたソールに言います。

「終わったようだ。お前を追っていた軍は恐らく消滅しただろう。安心なされ。昨夜から一睡もしておらぬようだから、少し休まれてはいかがかな ? 」

ソールは横になり、緊張が少し和らいだのか、しばらくすると寝息を立て始めました。
アルゴーも銃を片手に座り込むと、うたた寝を始めます。
──アルゴーは夢の中で、誰かの気配を感じ取ります。気配がする方を見ると、そこにいつかの《天使》が佇んでいるのが見えました。
アルゴーは《天使》に向かって聞きました。

「おお、あなたはいつぞや私の夢に現れ、お告げをされたお方。あなたのお告げどおり、ソールとアセナをお守りしておりますぞ」

光り輝く《天使》は微笑みながら、アルゴーを見ました。

「よくやりました、《神の目》を持つ者よ。──いえ、私の目を持つ者よ」

――――つづく

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