レイ君は驚くべき事を話し始めた。
話を聞いていると、学校での日常とか、普段から送っている生活が、なんだか遠くに感じられ
た。
団地の外では、子供が遊ぶ声とか自動車が走る音が普段と変わらず聞こえていた。
「レイ君、え~と・・・、そのスマホみたいな物がお父さんが作った『人工知能』なの?」
レイ君は机の上にある、パソコンのキーボードのケーブルにその「人工知能」を差し込みなが
ら答えた。
「ああ。お父さんはきっと身の危険を感じていたんだと思う。お父さんが行方不明になる数日
前、『もうすぐ誕生日だろう?レイが欲しがっていたスマホを送るよ』と電話してきたんだ。
そして、これが送られてきてから、すぐにお父さんの行方が分からなくなった・・・・」
レイ君はすごい速さでキーボードを叩きはめた。
普段から何をやっているのか不思議だったけど、こんな事をやっていたんだ、と私は呆気にと
られながらレイ君がキーボードを打つのを見ていた。
キーボードに差し込まれた「人工知能」が、音も立てずに起動して、画面が明るく光り始め
た。
「・・・・これを起動すると、お父さんのメッセージが画面に書いてあったんだ」
画面を覗き込むと、そこにはこのような文章が書いてあった。
レイ、これを読んでいる頃、もしかしたらお父さんはこの世にいないかもしれない。
レイも知っているとおり、私たち研究チームは予想以上の研究成果を上げた。
我々は前代未聞の「生きた」コンピューターを作り上げる事に成功した。
このスマホのよう見える機械がそうだ。
我々の研究と発明が、この世の歴史を塗り替えてしまう事は明白だ。
極秘に研究を進めていたつもりだったが、どこかで情報が漏れてしまったらしい。
ここ数日で、研究チームが原因不明の死を遂げたり、行方知れずになっている。
相手は誰なのかは分からない。
この世の変化を恐れる勢力か、あるいはこの発明を我が物としようとしている国なのかもしれ
ない。
そこで私は、研究施設を閉鎖し、資料を全て焼却処分する事にした。
この発明は、我々の世界にはまだ早すぎたのかもしれない。
レイ、いつかどうか私の研究を受け継いでほしい。
父
レイ君は文章を読みながら泣きそうな顔になっていたけど、すぐに気を取り直したようだっ
た。
「・・・・このメッセージの後、『人工知能』の説明と、操作方法が書いてあったんだ。僕は
その操作方法に従って、人工知能を立ち上げた」
レイ君はカタカタカタとキーボードを打ち、最後にEnterを押した。
画面が変わり、映画のワンシーンのような場面が映し出された。
私たちと同い歳ぐらいの少年と、初老の男が馬車に乗っている光景だった。
ガタガタガタと馬車の車輪が回る音が聞こえた。
馬車に乗っている少年は腰に光り輝く短剣を差していた。
もう一人の男は、目つきが鋭く、黒く日焼けをしていて、片腕がなかった。
「・・・・なに、これ?何かの映画?」
「いや。彼らは、この『人工知能』の中に住んでいる『人工生命』だ。バイオチップスで作ら
れたコンピューターの情報処理量はほぼ無限といっていい。お父さんは、この中に生命を誕生
させる事に成功したんだ。・・・・・彼らには心もあるし、魂もある。本当に『生きて』いる
んだ。彼らは僕らと同じように、食べ物も食べるし、呼吸もしているし、病気もするし、笑っ
たり悲しんだりするんだ」
私は唖然として、『人工知能』に映し出された少年と初老の男を見つめた。
二人が乗っている馬車も、周りの景色も、まるでそこにあるかのようだった。
・・・・いや、レイ君の話が本当なら、二人は本当に生きていて、二人のいる世界も本当にそ
こにあるのだろう。
レイ君は話を続けた。
「その少年の名前は『エレン』というんだ。僕をモデルにして作られた。妹もいるんだよ。も
う一人の男は『フレム』という魔術師だ」
「魔術師?魔術師って、ゲームとかアニメに出てくるような魔術師の事?」
レイ君は少しはにかむような表情を浮かべながら言った。
「僕とお父さんはゲームが好きだっだろ?お父さんはゲームを参考にして、彼らが住む世界を
構築したんだ。お父さんは、人工知能の中に作り出した世界に魔術師やドラゴンを登場させ、
命を吹き込もうとした。・・・・でも、彼らの住む世界が僕らの世界に似てくれば、似てくる
程、ドラゴンだとか魔術の存在に無理が生じてきたんだ。今では彼らの世界にドラゴンはいな
い」
「そうなのね・・・。ところで、私と関係がある事って、どんな事?」
レイ君は再び素早くキーボードを叩きながら言った。
「お父さんは、この人工知能が良からぬ意図がある人々の手に渡る事を恐れた。
・・・・そこで、お父さんは人工知能の中の世界を外部と完全に遮断したんだ。
外部の世界と遮断をしたので、エレン達が住む世界は独自に発展をして、進化を続けている。
こちらからは、その世界を覗く事はできるけど、干渉する事は一切できないんだ。
ただひとつの方法を除いてはね。・・・・・・実はというと、エレン達の住む世界には今、危
機が迫っている。僕はなんとかして、彼らを助けたい。なにせ、お父さんが作り出した生命だ
からね」
レイ君がEnterキーを押すと、画面が変わり、薄暗い部屋が映し出された。
部屋の中には、私たちと同い年ぐらいの女の子と、もう一人小さい女の子がいた。
「あの小さい子は、レーチェルだ。エリをモデルにして作られた。お父さんは、僕らの家族を
モデルにして、彼らを作ったんだ。・・・・ある目的の為にね。でも、あとは誰もモデルにし
ていない。ところが・・・・・」
画面を見ていると、もう一人の同い年ぐらいの少女が、急にキョロキョロと視線を巡らせ始め
た。
そして私たちの方を振り向いた。まるで私たちの事を見ているかのように。
私はその少女の顔を見て「あっ!!」と声をあげた。
その少女は、私の夢に出てくる女の子と全く同じ顔をしていた。
「マヤ、その子の名前は『マーヤ』と言うんだよ・・・・。お父さんはマーヤの出現をプログ
ラムしていない。実はというと、マーヤは人間じゃないんだ。マーヤには心も魂もないんだ。
何故かといえば・・・・」
――――続く
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