時計塔と王様(後編)

ある日の事、少年の家に通称『時紙(ときがみ)』と呼ばれる郵便が届きました。
『時紙』の正式名称は『時間召集令状』といい、それを受け取った者は、自分の所有している最も重い時間を王様の直属機関である『時間管理局』に差し出さなければいけないのです。

少年の父は、郵便受けに入っていた時紙を見て、「ああ、とうとうこの日が来たか …… 」と悲しみました。
というのは、少年は幼いころ、とても濃厚で充実した時を過ごしていました。
いつかは、その時間を時間管理局に徴収される事を恐れていたのです。

時紙には、明日の朝に時間管理局の役人が出向かい、少年の最も重い時間を徴収する、と書いてありました。
時間を差し出す事を拒めば、『時間不可触民』というレッテルを貼られ、本人ばかりか、その家族までもが人々から白い目で見られてしまいます。
重い時間は、国の共有財産に指定されているので、それを差し出す事は、国民の義務となっていました。
父は少年に時紙の事を告げると、少年は涙を流し泣き始めました。
少年には自分の重い時間が、いつの時間の事か、よく分かっていたのです。
その時間が徴収されれば、少年の記憶から懐かしい思い出が消えてしまいます。

時紙を受け取った者は、時間を差し出す事を拒む事はできません。
この国を繁栄させている時計塔は、大量の重い時間を必要としていたのです。
―― 翌日の朝、時間管理局の役人がやってきたので、少年とその家族は泣く泣く、少年の重い時間を差し出しました。 ―― 役人が少年の時間をアタッシュケースに詰め込み、時間管理局へと持ち去ると、少年の記憶から、幼い頃の満ち足りた時間が消えました。

このようにして、国中から重い時間(主に子供の時間)が徴収され、時計塔を動かすエネルギー源にされました。
重い時間には、幸せで充実した時間ばかりではなく、悲しみに泣いた時間も含まれていた為、時間を徴収された人々の表情は次第に、無表情になってきました。
―― 苦しい表情や、怒りの表情を受かべる人々も減ってきたので、外から見ればこの国は実に平和で豊かな国に見えました。
しかし、次第に国民の間での『時間の格差』が浮き彫りになってきました。

時間を奪われ、時間が少なくなった人々は『時間下層民』として差別され、次第に社会の底辺へと押しやられていったのです。
彼ら/彼女らはこのように言われていました:
「あいつらは、時間の余裕がないんだ。…… 教養にも欠ける、低俗な人々だ」
「あいつらは、時間がないから時間を守る事もできない。信用ならんね」

時間を奪われた子供たちは『時間下層児』として、施設に収容されたのですが、重い時間に欠如していたので、勉学の意欲は全く無く、彼ら/彼女らが上流社会へと浮かび上がる事は稀でした。
年を追うごとに、町には『時間難民』と呼ばれる人々が徘徊するようになり、治安が乱れていき、次第に国は荒廃してきました。

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王様は時間学者を執務室に呼び、言いました。
「―― そなたが作った『時間加速装置』のおかげで、時計塔は正確な時間を刻むようになり、我が国は繁栄したが、今やその繁栄にも陰りが見え始め、そして民が疲れ果てているのは、一体全体どういう事なのかね? 」

時間学者は姿勢を正し、威厳を崩すそぶりを見せる事無く答えました。
「陛下、我が国は必ず再び、世界の表舞台へと出るでしょう! 以前からご進言しているように『時間博覧会』を開催して、各国へ我が国の正確な時間をアピールすべきなのです」

時間学者には、多大な実績があった為、王様は渋々その進言を承諾し『時間博覧会』を開催する事にしました。
再び国中から、膨大な時間が徴収され『時間博覧会』に向けての準備が始まりました。
その間、時計塔に据えられた時間加速装置も時間を生成しましたが、大量の『狂った時間』も作られていきました。
『狂った時間』は時計塔の地下室に貯蔵され、時間管理局の役人が厳重に管理していました。
狂った時間が外に漏れてしまうと、国の信頼は完全に失墜してしまいます。

―― そんなある日の事。
大嵐が国を襲いました。
今まで見た事もないような、大きな雷が時計塔に落ち、時間加速装置が制御不能になってしまいました。
制御不能になった時間加速装置から、狂った時間が溢れ出し、王様がいる王都に流れていきました。
すると、信じられない事が起きました。

狂った時間を浴びると、赤ん坊が急に大人になったり、年寄りが子供になったりしました。
将来の時間を所有していた若者も、とたんにその時間が消えたりしました。
国中が大混乱になりました。
王様が自分の立派な顎髭を見ると、さっきまで黒々としていたのに、真っ白になっていました。
時間学者は、小さい赤子になってしまいました。
赤子に戻ってしまったので、時間学者は自分の研究の事も、綺麗さっぱり忘れてしまいました。

このままでは、地下室に貯蔵された狂った時間までもが、溢れ出してしまいます。
そうすると、他の国々にまで被害が及んでしまいます。
王様は部下に命令しました。
「やむを得ない、時計塔と時間加速装置を破壊せよ! 」

王様の命令で、時計塔と時間加速装置が破壊され、ようやく狂った時間の流出が止まりました。
しかし王様は顎髭が白くなっただけではなく、腰までもが年寄りのように曲がってしまいました。
王様はよろめきながら、時計塔が建っていた所まで歩き、瓦礫の中でガクリと膝をつきました。
そこには時計塔から溢れ出した、時間の欠片が散乱していました。
王様はそれらの欠片を手にしながら言いました。

「 …… ああ、ワシはなんて事をしてしまったのだろうか。ワシは国中から子供や若者の時間を奪い、時計塔を動かしていたのだ。もう一度、一から出直しじゃ …… 。しかし、もう二度と時間を弄ぶような事はしまい。報いとしてワシも年老いてしまったのじゃから …… 」

王様は重い腰を上げ、杖をつきながら、トボトボと城へと歩いていきました。
夕日の中で、散乱した時間の欠片が、戻るあてをなくし、悲しそうにキラキラと光り輝いていました。

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