悪魔を憐れむ歌2

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悪魔を憐れむ歌2

悪魔には左脳しかなかった。
悪魔の頭部をスキャンしてみると、確かに右側の頭蓋骨内は完全に空洞になっており、左側にしか脳が映っていなかったのだ。
これには研究チームも驚いた。
研究チームの一員である心理学者は悪魔にインタビューしてみる事にした。

心理学者が悪魔の独房に入ると、悪魔はコーヒーを啜りながら新聞を読んでいた。
心理学者は悪魔の目を見ながら慎重に言葉を選び悪魔に質問した。
「あなたには左脳しかありませんね」
新聞から目を離し、悪魔は心理学者に言った、
「そうです。もっと正確に言うと悪魔は左脳に住んでいます。私は人間の左脳を住処としているのですよ」
「左脳が悪魔だという事ですか?」
「それはあまり正確な表現ではありませんね。左脳はご存知の通り人間のロジック、つまり言語能力や理性を担っています。悪魔は人間の言語や理性の中に住んでいるのです。驚きましたか?」

心理学者は黙りこみ悪魔に喋らせる事にした。
「あなた方学者は理性やロジックを使って人類の進歩に貢献してきました。しかしそれこそが悪魔を育む温床となっていたのですよ。あなた方学者先生は私から見ればミイラ取りがミイラになってしまう、という格好の見本ですな。
ご覧の通り私達悪魔は紳士的です。もうお分かりかと思いますが、我々悪魔の知能指数は非常に高い。学者達はそこに騙されてしまう、という訳です」
「おまえの究極の目的はいったいなんだ?」
「性悪論の普及です」
「性悪論?」
「そうです。私の本当の住処は人々の性悪論の中にあります。世に悪が蔓延るには人々が疑り深くなる事なんです。それには手始めにあなた方のようなインテリから性悪論に染めるのがてっとりばやい。なにしろインテリは疑り深いですからね」

「子供はどうなる?君の理屈だと勉強ばかりしている子供は悪魔に取り付かれやすくなる」
「なかなか、いい点をついていらっしゃる。その通りです。勉強ばかりしている子供は悪魔に取り憑かれます。悪魔の私が言うのだからその点は保証しますよ。
そのような子供は13、4歳になる頃には喧しいロックを聴き出します。何故だか分かりますか? 
彼らの心の中で天使と悪魔が戦っているからです。私はそこで天使を打ち負かさなければいけません。私は子供達に人を信じてはいけない、という情報を与えます。子供達がそこで悪は美しい、と思えば私の勝利です。あなたもお気づきのとおり、頭の良い子ほどこの手は有効です。左脳の勝利ですな」

「性悪論に取り憑かれると人はどうなるのかね?」
「あなたは意外に思うかもしれませんが、人が性悪論に傾くとその人は一時的にとてもエネルギッシュになります。性悪論者は一見するととてもハッピーで、躁病状態を呈します。しかしその人は周囲の人間を誰も信用していません。そしてその人はそのエネルギーを利用して世に悪の美しさを説くのです。こうなると、その人は完全に私のコントロール下ですな」
「その後は?」
「エネルギーを使い果たして抜け殻のようになってしまいます」

「それ以外のお前の手口はなんだ?」
「そうですね、貧しい国々では私は『貧困』を武器にしますね。しかしいくら貧しくても、古い伝統を重んじる地域に悪魔が侵入するのはとても難しいのですよ。なにしろそのような地域に住む人々は古来より悪魔の実在を信じていますからね。そこで私は貧困そのものではなく、貧富の格差を利用します。
簡単でしょう。彼らに、金持ちは悪人だと思わせればいいのですから。地上で起こる戦争の大半はこれで起こるわけです」

「先進国ではどんな手を使っている?」
「なんだと思いますか?
 意外と思われるかもしれませんが先進国では私は『性』を武器にします」
「性だと?」
「そうです。その目的とは先進国の人々の自尊心を失わせる為です。人は自尊心を無くすと悪魔に取り憑かれやすくなります。そしてその自尊心を失わせるには性を利用するのが手っ取り早い。性で人間をコントロールすると、彼らは自らを『悪人』だと思い始めるのですよ。そうすれば私は彼らの心の中に侵入しやすくなるのです。私の侵入を許した人間達は次第にSMだとか倒錯的な性の事を語りだします。私のコントロールを受けているとも知らずにね」

「なるほど。性を美しい事ではなく醜い行為だと思わせる訳だな。まさに性悪論だな……」
「さすが学者先生、飲み込みが早い。
先進国では男と女を対立させると私が主導権を取りやすいのですよ。しかし人間は実は自分達が思っている程性欲は強くないのです。それは性欲というよりはギャンブル依存症のような脅迫観念に近いのです。実はあなた方の心理学の創始者であるフロイトも私が彼の心に侵入して彼の学説を支えたのです。つまり、あなた方心理学者はすでに私のコントロール下にあるのです。お分かりですか?」

――――つづく

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