時計塔と王様(中編)

時間を増やす実験に成功した、という話を聞き、王様は時間学者の研究所へと向かいました。
『財団法人・時間研究所』という看板を掲げた研究所の扉をノックすると、扉が開き、時間学者が顔を出しました。

「おお、陛下、よくおいでなすった。どうぞおあがりください。ちょうど今、実験の最終段階に入ったところです …… 」
時間学者は王様を招き入れると、研究室の中を歩いていきました。
王様は時間学者の後に続きました。

研究室の中には、所狭しと時間が並んでいて、色んな時間が入り混じった独特な匂いがしました。
「 …… 私はこの研究の為、全国から様々な時間のサンプルを取り寄せ、念入りに研究を重ねてきました」
時間学者は、時間が入っているビーカーやフラスコを見ながら、王様に説明を始めました。

「そしてその結果、同じ時間でもその質量が全く異なる事を発見しました。ここに並んでいる時間は、質量がとても重い時間です。 …… これらの時間は『恋人と過ごした時間』、『我が子と過ごした時間』、『友人と語り合った時間』です」

王様が時間学者が指差す容器を覗き込むと、その中で時間がキラキラと光り輝いていました。
「すると『重い時間』というのは、とても充実した時間、という事なのかね?」
と王様が聞きました。

「いえ、そうとも限りません。こちらの時間は『親の死を看取った時間』、『苦しみ抜いた時間』、『悲しみに泣いた時間』なのですが、やはりその質量はとても重いのです」
時間学者が別のフラスコを王様に手渡しました。
王様がフラスコの中を見ますと、その中には暗い色をした時間が渦巻いており、確かに何やら重々しい香りがします。

「 …… ふむ。すると、『軽い時間』とは、いったい、いかなる時間なのかね?」

時間学者は、研究室のテーブルに置かれたフラスコを指差し、言いました。
「これです。この中には、ある男の時間が入っています。その男は『自分の過ごした時間は全て無駄だった』と言っていたのです。この時間の重さを測ってみた所、確かに、その質量はとても軽いものでした。私はこの男の時間の質量を増やせないものかと、試しに火をかけて蒸留してみたのですが …… 」

王様がフラスコを覗き込むと、底には焼き焦げた時間のカスが残っているだけでした。
時間学者は、とても残念そうな顔をしながら言いました。

「そうなのです。『軽い時間』は、たとえ蒸留したとしても、何も残らないのです。どうやら時間という現象は客観的な物ではなく、極めて主観的なのです。ですので、その当人が何も意味を見いだせなかった時間はとても質量が軽いのです。…… 逆に、この世で最も重い時間は何かお分かりですかな?」

「いや。分からぬ。何かね?」

時間学者は王様に顕微鏡を手渡しました。
「 ―― 子供の時間です。子供の時間が、この世で最も質量が重い事を私は発見しました。これが子供の時間です」

王様が顕微鏡を覗くと、細かく振動しながら飛び回る時間が見えました。
それらの細かい時間の粒子は、光り輝きながら目にも止まらぬ速さで飛び回っていました。
王様はその美しい時間を見て、ため息をつきました。きっと、自分の子供の頃の時間を思い出していたのでしょう。

時間学者は顕微鏡をテーブルの上に置き、王様を研究室の奥へと案内しました。
そこでは学者の助手たちが、何かの装置を使い、作業をしていました。

「陛下、これが『時間加速装置』です。今その成果をお見せしましょう …… 」
時間学者が合図を送ると、助手が『重い時間』を装置に注ぎ込み始めました。
『重い時間』が装置に充填され、助手は装置のスイッチを入れました。
時間加速装置がウイーンと鈍い音を立てて唸り、しばらくすると、装置全体が光り輝き始めました。
その様子を見て、時間学者はニヤリと笑いました。
時間学者はフラスコを手にしながら装置の側まで寄り、時間加速装置に据えられた蛇口を回すと、蛇口からドボドボと大量の時間が流れ、フラスコを満たしました。
時間学者がフラスコを明かりにかざすと、その中で金色に輝く時間が光っていました。

「陛下、このようにして『時間加速装置』で重い時間と重い時間をぶつけると、その何百倍もの時間を抽出できるのです。私はこの装置を、時計塔に据える事を進言します。これで我が国の時間不足を補う事ができるでしょう。…… ただ、この装置を使いますと『狂った時間』も副産物として生成されるのですが」

時間学者が部屋の隅に積まれた樽を指差しながら言いました。
どうやら、積まれた樽の中には『狂った時間』が詰め込まれているようです。
王様がその樽を見て不審そうな顔をしたので、時間学者が言いました。

「心配には及びません。これらの『狂った時間』は地中深くに埋めてしまえば、何も害はありませんから。陛下、それよりも、これで我が国の時計塔は、再び正確に時を刻む事ができるのですぞ…… 」

しばらく考え込んだ王様は、時間学者の進言通りに、時計塔に時間加速装置を据える事にしました。
国じゅうから集められた『重い時間』が時間加速装置に注がれました。
時間加速装置で大量の時間を生成する事ができたので、時計塔は再び正確な時間を刻み始めました。
国民は喜び、時計塔の正確な時間のおかげで、再び国は大いに発展しました。

―― そして、何年も経ちました。

――――つづく

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