オオカミになった羊(後編7)by クレーン謙

マーナガルムに連れられ、ミハリとアセナが集落の広場に向かうと、いつもならオオカミ達が火を囲み肉を分かち合っているのですが、そこは普段と違う殺気立った気配が漂っていました。

ーー弓や槍を手にした、オオカミ達が獰猛な呻り声をあげながら、丘の上に立つフェンリルの発する言葉を聞いています。
彼らは、オオカミ族選りすぐりの戦士達で、もう今にでも戦いに出る準備は出来ているかのようでした。
いちどオオカミが怒り狂うと、たとえ月神の力を借りたとしても、その怒りを抑え込むのは難しいのです。
満天の星空の下、灰色たてがみのフェンリルが集まった戦士達に向かって吠えています。

「……我が同胞達よ、いよいよ羊どもがその本性を露わにした ! ここ何百年も続いていた掟を、羊族自らが壊したのだ。とるに取らない貢物ではあるが、羊は我らに肉を贈りつづけ、それでなんとか均整が保たれていたのだが、今朝、その肉に奴らは毒を入れた。その肉を喰らい、五匹の仲間が死んだ。これは、我らへの宣戦布告に他ならぬ ! 」

ウオーウオー、とオオカミ達の怒りを滲ませた遠吠えが、森中に響き渡ります。
オオカミにしては少々臆病なマーナガルムは、その遠吠えを聞き足を震わせました。
彼らは皆、勇敢なオオカミ族ではありますが、大規模な戦といのは、いまだかつて無かった事なのです。
ーー羊村は交易で稼いだ金で、メリル王国から大量の武器を買い所有しています。
一方、オオカミ族は自分達の狩りの腕前に自信を持っていたので、弓矢や短剣しか持っていません。
フェンリルは集まった戦士達を見渡し、一呼吸置いて演説を続けますーー。

「オレは前から警告しておったのだ!ヤツらの新しい指導者ショーンは、何かを企んでいると。おそらくショーンは我らを戦いに引き込み、これを機会にオオカミ族を滅ぼすつもりなのだ!その証拠に見よ、ヤツらはメリル王国と密約を交わし、大量の武器を手にしておる。ならば、先手を打ち先制攻撃を仕掛け、念願の『聖地』奪還を成し遂げるべし ! 」

腕を組みながら、黙ってフェンリルの煽りを聞いていたミハリは、何かが違う、と感じ丘の上に向かって歩き始めました。
オオカミの戦士達は、ミハリがいる事に気がつき、傍に逸れ指導者に道を譲ります。

「ーーまて、フェンリル ! これはショーンの仕業ではない!彼はこのような愚かな策略はせぬ!」

フェンリルはショーンを見ると、頭を垂れましたが、依然として目は険しいままでした。
「これはこれは、ミハリ様……。まるで、ミハリ様は敵の大将であるショーンをよく知っているかのようですね ? 」

「…………」

ミハリはフェンリルの問いには答えませんでした。
ミハリはかつてショーンと幼なじみだったことは、まだ誰にも話していないのです。
オオカミでも羊でもそうなのですが、幼い頃からの心のありようは、そうは変わらないでしょう。
子供の頃から貴高く、ずるさを嫌うショーンがこのような策を練るとは、ミハリには思えませんでした。
ミハリは静まり返った戦士達を見下ろし、染み渡るような太い声で告げました。

「皆の者、牙と剣を収めよ! 断じて先制攻撃はならぬ ! まずは、相手の出方を待つのだ……。それまでは攻撃を禁ずる事を、オオカミ族の指導者としてここに命ずる ! 」

ーーオオカミ族にとって、指導者の命令は絶対的で、その命は月神の御言葉に次いで尊いのです。
違反者は場合により、死罪を言い渡されるので、集まった戦士達は剣を鞘に収め、一匹、また一匹と自分達のゲルへと戻っていきました。

三日月の明かりが照らし出す丘の上に、ミハリとフェンリルとアセナが残りました。
ミハリとフェンリルは、子供の頃に共に狩りをした仲なので(オオカミ族には羊村のような学校はなく、代わりに子オオカミを狩りに連れていき、そこで自然の厳しさや尊さを学ばせるのです)、ミハリはフェンリルの事はよく分かっていました。
フェンリルは、オオカミ族一番の狩りの戦士で、統率力もあります。
ミハリはフェンリルの事は決して嫌いではないのですが、しかしあまりにも獰猛で戦闘的すぎる、と感じています。

息子のアセナに至っては、勇敢で狼望のあるフェンリルに憧れさえ抱いており、直々に狩りを教わってもいました。
なのでアセナにとっては、フェンリルは導師であり、たとえ指導者の子といえども、フェンリルに向かい説教めいた事など言えるはずもないのです。
アセナは黙り込み、父と導師が向かい合って交わす言葉を聞いていました。

「……フェンリル、子オオカミの頃、我らはよき友であった。ここは、かつての友のよしみ、羊村との和平締結に手を貸してはくれぬかね ? 」

なるべく親しみを込めて語るミハリでしたが、しかしフェンリルの野獣の目は、月明かりの中ギラギラと光り、その戦闘心と警戒心が緩む事はありませんでした。

「ミハリ様、……いやミハリよ、オレには『友』など要らぬ。そもそもオオカミに友なぞ必要ない。そんなママゴトのような真似は、羊達に任せておけばよかろう。我らオオカミに必要なのは、共に戦う『仲間』だけだ。生きるとは即ち『戦い』だ。我らは仲間と共に狩り、共に敵を倒し、その肉を共に分かち合う。これで十分ではないかね ? 」

少々乱暴な物言いではありますが、フェンリルの語る狼哲学はミハリにも理解できました。
『生きる事は即ち戦い』、これにはミハリも異論はありません。
またこのような誇り高さが、息子のアセナが惹きつけられる所以なのです。
フェンリルはミハリを睨みつけ、フッと笑い、二匹に背を向け丘を下り始めました。

「……しかし、指導者の命とあらば、仕方があるまい。部下達の怒りを鎮めるように、努めよう。明日、死んだ五匹を大自然へと還す鳥葬がとり行われる。そこで何が起こるかは、オレには保障できんよ」

そのように言いながらフェンリルは、自分のゲルがある森の中へと消えていきます。
フェンリルの後ろ姿を眺めながら、このままでは無事には済まぬだろう、とミハリは予感していました。
アセナは父の傍で佇み、父の言っているのが正しいのか、フェンリルが正しいのか、その心は激しく揺れ動いていました。

――――つづく

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