オオカミになった羊(後編34)by クレーン謙

夢に現れた《天使》の語った言葉に戸惑いながら、アルゴー元帥が聞きました。

「私の目は……貴方のものなんですか?」

《天使》は、頭から伸びている黒くて長い毛を揺らせながらアルゴーの目を見つめます。その長い毛は明らかに羊ともオオカミとも違っていました。

「そうよ、貴方の目は元々は私のもの。目だけではありません。他のキメラ達が持つ体の一部は、元々は私の体の一部なのです。他にも私の心臓や、手足などを持ってる仲間がいるでしょう?」

そう言われてアルゴーは考えてみますと、キメラ族には確かに『神の手』や『神の足』を持っている者がいました。『神の心臓』を持つ者もいます。
『神の心臓』を持つキメラは、百年は生きると言われています。『神の手』や『神の足』持つ者は、その手足には、羊毛が全く生えておらず、そのせいでキメラ族は絶えず差別されていました。
キメラ族は大概特異な姿をしていて、ある者は並外れた能力を有している為、羊達から不気味がられ恐れられていたので、流浪の民と成らざる得なかったのです。

流浪の民となったキメラ族は、自分達の国を持たず、各地を転々として特殊な能力を活かし、工具と武器を作り羊と交易をしながら細々と何百年と暮らしていたのです。
しかし、キメラ族の暮らしぶりはその頃より現在まで至って質素です。
古くからキメラ族に伝わる言い伝えである《復活の日》に、自分達の肉体が神に捧げられるとキメラは信じているので、従って日々の暮らしは神への奉仕活動の一端に過ぎないのです。

「……私の目が、貴方の目だとするなら、今日がその日なのですか ? 今日が《復活の日》だと?」

《天使》はニッコリと笑みを返しながら答えます。

「ご覧の通り、私には肉体がありません。あなた方キメラ族が私の肉体なのです。しかし私にはもう肉体は必要ありません。私は肉体を持たない天使のままでいる事に決めました。──ですので、あなたの目も、返していただかなくとも結構です。肉体を再び授かり、転生を成すよりも、私には大切な役目があるのです」

「アセナとソールを守る事ですね?」

「そうです。本当は、創造主は私を再びこの世に復活させるべく、あなた方キメラ族を創ったのよ」

「……創造主が我らキメラ族をお創りになったのですね、あなたを復活させる為に。しかし羊もオオカミ族も創造主が創ったのでは?」

「羊は確かに創造主がお創りになりました。しかしオオカミ族は、違います。創造主に背き、私がオオカミを創ったのです。オオカミ族は元は羊だったのですが、私が彼ら/彼女らをオオカミへと姿を変えました。そうです、私は創造主の計画に背きました。その時より私は創造主に背く《堕天使》となったのです。──遥か昔この世の黎明期の頃、創造主は地上の楽園を築くべく、羊を創りました。羊は草食ですし、争いを好みません。羊ならば無駄に地上の資源を荒らさないだろう、平和に暮らすだろう、と創造主は考えました。そこで創造主は羊に知性を授け、この世の王となるよう計画したのです」

「なるほど。しかし、私には羊が平和的な種族であるとは、到底思えませんね。彼らは我らキメラ族から武器を買い、その軍事力で地上を支配しています。 そして今しも、羊族はその軍事力でオオカミ族を滅ぼそうとしている…… 」

「羊族が武器を持つようになったのは、創造主がそのように仕向けたからなのです。私が創ったオオカミ族を滅ぼすために。しかし、我らが世が存続する為には、オオカミ族の力は必要なのです。そして、いずれは羊とオオカミは結ばれ、その血筋を残さなければいけないのです。創造主は私の計画を阻止する為、アセナとソールを抹殺する刺客をこの世に差し向けました。刺客はオオカミ族軍師フェンリルの精神を乗っ取り、二匹を殺そうとしました。幸い、それは失敗してアセナはとても強くなりました──そしてその強さこそが、我らが必要としているものなのです」

アルゴーは天使の話を聞きなながら、多少動揺していました。
自分達の敵が、《創造主》であるとは全く考えもしなかったのですから。
自分達が、神々の争いに巻き込まれていたのを、ようやくこの時理解します。
しかし、目の前にいる天使は自分達の守護者であるのは、長年の軍師経験から分かりました。
アルゴーは迷いを断ち切り、天使の言葉を信じる事にしました。
──アルゴーには一つ疑問があったので、それを天使にぶつけてみます。

「《天使》よ。あなたは肉体を持ち、復活を果たすのを望んでいない、と言いましたね。それは如何なる理由からか ? 」

光り輝く天使は微笑みを浮かべ、ゆっくりと姿を消しながら答えます。
「かつて私はあなた方のように、生身の肉体を有していました──もう遥か昔の事です。私は一度死にました。二度目はないでしょう。もしキメラ族から肉体を受け取り復活したとしても、それはもはや元の私ではないのです。ならば、肉体も魂もなくても、私は天使のままでいたいのです。兄には、それが判らないのでしょうね…… 」

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──アルゴー元帥が夢の中で天使と対話をしている頃、アセナとアヌビスの戦士の一群は羊村の壁の中へと侵入。そして、羊達に見つからぬようヘルメス大臣の居所を探していました。
アセナもアヌビスの戦士も、気配を完全に消す術を心得ていたので、誰にも気づかれず羊村の奥地まで進んでいました──アセナは鋭い嗅覚をきかせながら、それらしい気配を探ります。
匂いを嗅ぎながら、やはり羊村は懐かしい感じがする、とアセナは思っていました。
『それはそうだろうな。だって、僕達オオカミは本当は羊だったのだから……』

茂みに身を隠しながら、アヌビスの戦士が声を潜めアセナに告げます。
「……アセナ様、どうやらあの邸宅がヘルメスの邸宅のようですぞ」

アヌビスの戦士が指差す方を見ると、そこに一際目立つ豪奢な邸宅がありました。
周囲には武装をした多くの羊兵が、警護の為、立っているのが見えます。

――――つづく

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