オオカミになった羊(後編32)by クレーン謙

アヌビス族のセト大佐。そしてキメラ族のアルゴー元帥。二匹はアセナを見ると地面にひざまずき、尾を垂れました。
尾を垂らしひざまずくのは、オオカミ族にとっては最大限の相手への敬意の現しなのです。
セト大佐とアルゴー元帥はオオカミ族の風習に習ったのでしょう。
たてがみがキラキラと金色に輝くセト大佐は、鋭い目付きでアセナを見て品定めするかのようにしていたのですが、急に腰に差した長い剣を抜くと、アセナに向かって斬りかかってきました。
アセナが素早い動きで剣をかわし、自分の腰から月神剣を抜くと目にも止まらぬ速さで、その剣先をセト大佐の喉元に突きつけます。
「フフ、さすがです。恐れ入りました……」
そのように言うと、セト大佐は再びひざまずき、剣を地べたに寝かせました。
それを見てアセナも月神剣を鞘に収めます。
セト大佐は、ひざまずきながら言いました。

「──アセナ様。そなたはオオカミ族最強と言われていたフェンリルと勝負をして、勝ったと聞きます。であるならば、そなたと剣を交え勝てる者は、もはやおらぬでしょう。つまり、そなたは史上最強の戦狼なのです。どうぞ、私めをそなたの臣下とさせていただきたいのです。アヌビス族選りすぐりの三十匹の剣士も、お仕え致します。──左様、私は《エリ》と名乗りし天使より啓示を授かり、アセナというオオカミに仕えよと仰せつかりました。そなたこそ、真の王となるべきオオカミ。どうぞ、なんなりと命を下さりますよう……」

いきなりの申し出にアセナは戸惑い、自分は戦を終わらせるべく故郷に戻った筈なのに、これはいったいどういう事なのか、と考えました。
一方アルゴー元帥は、大きな角がついた顔をソールの方に向け、その顔をじっと見ていました。
アルゴー元帥は羊とよく似てはいるのですが、よく見ると目が羊とは若干違っています。
やがて、アルゴー元帥が口を開き低い声で言いました。

「ソール様。同じく私も天使からの命を受け、この地へと参りました。……天使の啓示によれば、あなたとアセナ様は我ら《最後の希望》なのです。よって、私は命に替えましても、あなたをお守り致します。私は《神》の目を持っておりまして、敵の居所を立ち所に突き止める事ができます。それに、私には二十五匹の優秀な部下がおります。キメラ族は戦闘部族ではありませんが、《神》の頭脳を用い兵器を作り作戦を練れるのです。《最後の希望》を守る為であらば、皆は命を捧げる所存です」

ソールもまた、呆気にとられ二匹の話を聞いていました。
──私はただ、アセナと一緒になりたかっただけなのに、何故このような事になってしまったのだろう?と。
腕組みをして考え込んでいたアセナは、少しの間の後、決心したようにして二匹に言います。

「マーナガルムの話では、僕たちの真の敵は羊村通商大臣ヘルメスだ。ヘルメスは倒すとしても、その後は羊村とは和平を結びたい。羊村はソールの故郷だしね。羊村までは戦闘に巻き込みたくないんだ」

「それが、そなたの意思であらば、私たちはそれに従うまでです。了承致しました。ヘルメスを倒し、その後、羊村と和平を結ぶとしましょう」
ひざまずきながら、セト大佐が答えました。

「私の部下で《神》の耳を持つ者がおります。その者は、二マイル先の物音も聞き分けます。
彼は敵陣地の近くに潜み、敵の大将が交わす言葉を聞いておりました。それによりますと、メリナ王国軍三百匹の羊兵が明日の明朝、こちらに向かって進軍をするとの事です。羊兵は大きな大砲も携えております」
ひざまずいていたアルゴー元帥はゆっくりとアセナに顔を向け、そのように言いました。
そして、ニヤリと笑みを浮かべながら立ち上がります。

「しかし、安心なされますよう。我らキメラ族は大砲を上回る最新兵器を持っております。メリナ王国軍は私の部下が相手をします……。ソール様は私の責任で、お守り致しましょう」

「たった二十五匹で大丈夫なのかい ? 分かった信じよう。敵をなるべく、キメラ族の方に引きつけて羊村の護衛が手薄になるようにしてほしいんだ。僕はセトと一緒に、羊村へ潜入をしようと思う。そしてヘルメスの居所を突き止める。いいね ? ところで、大砲を上回る兵器って、どんな武器なんだい ? 」

「──我らキメラ族はそれぞれが、特殊な能力を有していましてね。その内の一匹は《魔術》が使えます。《魔術》は遥か太古に滅びたのですが、その者が現代に復活させたのですよ。最新兵器はその《魔術》を使っているのです。これを使えば、相手がたとえ軍隊であろうと一瞬にして消す事ができます。実に恐るべき兵器です」

遥か昔、羊族は魔術を使っていた、と古文書に書かれていたのをアセナは思い出しました。
──その古文書によれば、原初の羊《ドリー》は魔術の力でこの世に生を受け、また自らも魔術が使えました。
その子孫も魔術を使えたのですが『言葉』を喋り始めると次第に魔術を使えなくなった、と書かれていたのです。
……現代で魔術だなんて、とても信じられた話ではなかったのですが、特殊な能力を有するキメラ族ならば、それもあり得るかもしれない、とアセナは思い直します。

ヴィグリーズの谷に夜の帳が降り、アセナを中心に最後の作戦会議が行われました。
夜の虫が谷中に響き渡り、ややあってアルゴー元帥が号令をかけると、森に潜んでいた二十五匹のキメラ族は、少し大きめの銃を携え、ザッザッザッ、と茂みをかき分けながらメリナ王国軍の陣地に向かって行軍を開始。
アセナとセト大佐とその部下たちは、剣を携え気配を消し羊村へと向かいます。

ヴィグリーズの谷には、ソールとアルゴー元帥の二匹が残されました。
アルゴー元帥は銃を握りしめ、敵の襲撃がないか《神》の目で周囲を監視します。
火も消しており、二匹のいる場所は暗かったので、不安になったソールはささやくような声でアルゴーに語りかけます。

「ねえ、あなたは夜でも目が見えるの ? 」
「私かね?ああ見えるとも、たとえ月がなくとも、私の目にははっきりと見える」
「すごいわね、キメラ族は。どうしてキメラ族には、そんなに色々な能力があるの ? 」

ソールの問いに、アルゴーは周囲を警戒しながら静かに答えます。

「……私たちは《神》の子孫だからさ。言い伝えによれば、いつの日か《神》が降臨し、我らキメラ族は授かった能力を《神》に返さねばならぬ。《神》の心臓を持つ者は、心臓を返さねばならん。《神》の目を持つ者は、目を返すのだ。我らはただ、その言い伝えに従い生きるのみ。《神》の使いである天使が、あなた方二匹に仕えるように告げた。だから私は、その命に従っているのだよ」

――――つづく

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