ウサギ〜外来種問題でトーマス・オースティンが有名になった理由

ウサギを英語で何と言うかと聞かれれば、多くの人がrabbit(ラビット)と答えるだろう。しかし、ウサギにはもうひとつの呼び方があり、それはhare(ヘアー)である。ラビットはアナウサギ、ヘアーはノウサギのことを指し、これらのウサギはウサギ科の中でノウサギ属とアナウサギ属と遺伝的にもかけ離れている。ヒトが飼育するウサギのほとんどはアナウサギで、群れで行動する一方、ノウサギは単独で生活し、群れを形成しないため多頭飼いすると争いが起こってしまいヒトの飼育に適さない。見た目は非常によく似ているがそもそも性格が違う。神父と牧師くらい違う。ヒラメとカレイぐらい違う。クッキーとビスケットくらい違う。

私の住む地域にはノウサギが多く生息しているらしい。なぜ伝聞形なのかというと実際にノウサギを見たことはないが痕跡を確認することができるからである。北海道の冬は一面雪に覆われる。何かの生き物が移動すればその足跡が残され、足跡の形状からその動物を推定できる。ノウサギの場合後ろ足が同時に着地して踏み出すので、2本の長い平行な足跡が残り、前足は小ぶりの円形が前後に位置するように残る。雪が降った翌朝、自宅の庭にノウサギの足跡を発見してその存在を認識するのだが、これまでその姿を見たことがない。他にキツネやシカが我が家の庭を訪問しているらしいがヒトの足跡は見たことがない。

アナウサギの原産地はスペイン、ポルトガル、フランス西部などのイベリア半島とモロッコ北部、アルジェリア北部の北アフリカである。これらの地域はジブラルタル海峡で隔てられており、人の手によって移動させられたのかと考えたのだが、今から約530万年前までこれらの地域は陸続きであった。それまで地中海は干上がっていたと言う説があり、このジブラルタル海峡が切れ目となり大西洋と地中海が繋がったらしい。つまり、それ以前にアナウサギは生息域を拡大していたが、天変地異により分離してしまったと考えられる。今まさに進化の途中なのかもしれない。

ノウサギは南極大陸とオーストラリア大陸を除く世界各地に生息している。イソップ寓話にもウサギとカメという物語があるが、このウサギはノウサギである。英語のタイトルは「The Tortoise and the Hare」となり、タートルでもなくラビットでもない。リクガメとノウサギが正確な訳語となるかもしれない。ただし、語呂は悪い。

オーストラリア大陸にはウサギ類はいないはずだが、一時は野生のアナウサギが8億頭にまで生息数を増やして問題になっている。イギリスの植民地時代であった1859年に、入植者のひとりであるトーマス・オースティンという人物が、自分の土地でクリスマスにウサギ狩りをするために、イギリスから24頭のアナウサギを取り寄せた。取り寄せたと言っても今ほど物流が整備されているわけもなく、イギリスからオーストラリアへの最初の入植に8ヶ月かかっていることを考えると、イギリスから100頭以上持ち出したのではないかと推測する。途中の航海で死んでしまったり、船員に盗み食いされたりと数ヶ月間船旅をしたアナウサギは相当タフだったに違いない。

そんなタフなアナウサギを取り寄せたトーマス・オースティンだが、私利私欲のために放ったアナウサギをすべて狩っていたら後世まで汚名を残さずに済んだものの、飽きっぽい性格なのかすべて狩らずにアナウサギは脱兎のごとく逃げ出してしまった。更にトーマスはウサギの天敵である猛禽類も狩っていたためアナウサギの繁殖に拍車をかけることになった。

19世紀には外来生物問題はほとんど認知されていなかっただろうから、現代社会に生きる我々が糾弾することはナンセンスだ。2023年6月からアカミミガメとアメリカザリガニの野外放流が禁止された。日本ではすでにアカミミガメもアメリカザリガニも増えすぎて、駆除するには手遅れとなってしまっているが、それでも新たな放流を阻止しようと法整備がなされた。これらも最初に誰かが放流したのだろうが、トーマス・オースティンのように個人が特定されているわけではない。名が残ってしまったトーマスに同情しないこともないが、強欲と飽きっぽさには同情しがたい部分もある。招いた結果が同じでも縁日で買ったアカミミガメを可哀想だから近くの池に放す子供と、自宅で縁日をやりたいと業者を呼んで開いたものの余ったアカミミガメをそのまま遺棄してしまった成金おっさんでは、後者の方が糾弾されて然るべきかもしれない。

オーストラリアではアナウサギが増えすぎて、それらをブロックするフェンスを1,000kmにわたって設置している。高さ1m、長さ20mのフェンスをネットで検索すると約15,000円だった。1,000km分だと50,000セット必要となり、費用は現在の価格で750,000,000円である。これに人件費などを加えると優に10億円を超える。もしアメリカだったらこの費用をオースティンに払わせようとしただろう。

(by ぐっちー)

※このエッセイ「妄想生き物紀行」第79回はポッドキャスト番組「妄想旅ラジオ」第79回「ウサギ」と関連した内容です。「妄想旅ラジオ」は、ぐっちーさん、ポチ子さん、たまさんの3名のパーソナリティーが毎回のテーマに沿って「生き物」「食べ物」「旅」について話す楽しいラジオ番組(ポッドキャスト)です。そちらもお聴きになると一層お楽しみいただけますのでぜひどうぞ! ポッドキャストはインターネットのラジオ番組で、PCでもスマホでも無料でお聴きいただけます。詳しい聴き方などは「妄想旅ラジオ」のブログを。

ぐっちー作「妄想生き物紀行」第79回「ウサギ〜外来種問題でトーマス・オースティンが有名になった理由」いかがでしたでしょうか。

今回もお読みいただきありがとうございます、編集担当・ホテル暴風雨オーナー雨こと斎藤雨梟です。

オーストラリアにウサギをもたらしたトーマス・オースティン、ある意味地球史に残る業績です。外来種や遺伝子撹乱の問題は近頃広く啓蒙されており、「ペットの生物を捨てたり放つのはダメ」という価値観は一般化した感がありますが、今後どうなるのか気になるのは植物。あえて外来種をそのへんに植えたりせずとも、「園芸」という趣味がこれほど定着し、庭やベランダが空気で外とつながっている以上、新しい植生が広がるのを止めることなど不可能に思えます。そのうち「園芸」も悪になるのか、種をつけない品種しか植えてはダメなど園芸や種苗業界のスタンダードが変わっていくのか、案外、現在の有名ガーデナーが未来のオースティンになってしまうのか!?

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