『パイルドライバー』 絵本表現の可能性を追求する作家の企みに満ちた挑戦。

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『パイルドライバー』(長谷川集平・作 復刊ドットコム)

1995年に温羅書房から出た絵本です。出版社の倒産で一度は絶版となりましたが「復刊ドットコム」(ネット上でリクエストを募り、充分な投票が集まれば復刊への努力をするサイト)により、2004年、甦りました。

登場するのはブンくん(男の子)とエッちゃん(女の子)。高校生くらいでしょうか。ブンくんはエッちゃんが好きなのですが、どうも素直になれません。会えばイジワルしてしまいます。今日もブンくんがエッちゃんのことを考えながら歩いていると、幸か不幸かエッちゃんが偶然通りかかりました。

先に見つけて声をかけたのはエッちゃん。いつもイジワルされていても、ブンくんが嫌いなわけでもなさそうです。ブンくんも気がついて道で向きあう二人、妙な緊張感と間があって、さあこれから何が起こるのか期待感が高まります。
スゴいのはここからの予測不能な展開。

エッちゃん、いきなり「ファイヤーッ」と叫ぶや、火を噴きます。(そんなアホな…)。ひるんだブンくんに、ウエスタンラリアット、卍がため、腕ひしぎ逆十字がためとハードなプロレス技を炸裂させ、最後は必殺パイルドライバーでノックアウト!
「わたし、ほかにもいっぱいあぶない技を持ってるの。でも、このことだれにもないしょだからね」と言ってさらりと去るエッちゃん。
ブンくんが大の字に倒れているラストシーンの文章は、「その日、ブンくんはエッちゃんのことをいっそう好きになった」。

スゴすぎます。作者がプロレスファンであること以外ほとんど何もわかりません。でもおもしろい。

ブンくんとエッちゃんという名前は、実は「文」と「絵」にかけてあるとの説を聞いたことがあります。つまり、互いに魅かれつつも素直になれない二人の関係は、絵本における文と絵の関係のメタファであると。なるほど長谷川集平さん好みのアソビという気はしますが、真偽のほどは不明です。

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2003年に出た『はっぴぃさん』(作・荒井良二 偕成社)を読んだとき、すぐ思い出したのがこの絵本でした。共通点は戦車を描いていること、それも文章ではいっさい触れずに、絵だけで戦車を登場させていることです。
メインのストーリーと関係ないものを描くのは絵本の隠し味としてよく使われる手法ですが、戦車となると話は別、隠し味以上の意味を読みとらざるを得ません。ふつうの町を戦車が走っているはずなどないのですから。

長谷川集平さんが1955年生まれ、荒井良二さんが1956年生まれ、同世代の作家が、一見戦争とは無縁なストーリーの背景に描きこんだ戦車、そこにはどんなメッセージが込められているのか、ぜひ自分の目で確かめていただきたいと思います。

(by 風木一人)


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