あいうえおは魔法の言葉? 絵本『あいたい あいたい あいうえお』

詩と絵本の言葉は似ている

まれに詩人と間違えられることがあります。ぼくは詩人ではありません。絵本の文を書く作家です。でも間違えられるには理由があって、詩と絵本の言葉は似たところがあるのです。
ひとつには短いこと。もうひとつには音読を前提とすること。
このふたつによって絵本の言葉はときに詩に似た特性を帯びてきます。

詩の特性のひとつに、言葉に新しい意味や感触を与えることがあるでしょう。ありふれた、だれもが日常的に使っている言葉が、その詩を読むと別の顔を見せるのです。保育園にときどきお迎えに来るお父さんがじつは警察官で、制服で勤務中の姿を見てしまったような驚きです。

絵本でも同じようなことが起こる例をご紹介しましょう。

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『あいたい あいたい あいうえお』
文・聞かせ屋。けいたろう 絵・おくはらゆめ KADOKAWA

これは「会いたい」気持ちの絵本です。いろんな動物が登場して、会いたい相手のことを考えます。会いたいな、どうしてるかな、あしたは会えるかな?
会いたい気持ちと会えたときの喜びがシンプルな言葉と伸びやかな絵でいっぱいに表現されます。

聞かせや。けいたろうさんはコロナでなかなか人と会えなかった去年今年の体験からこの絵本を構想したそうです。会えないからこそ会うことの大切さが身に沁みてわかる。会えないからこそやっと会えたときの喜びが倍にも三倍にもなる。とても共感できますね。
おそらく似た着想を持った作家はたくさんいるでしょう。すでに完成し発表された作品もあればこれからの作品もあるでしょう。それでも、同じコロナ体験から「会いたい絵本」を作ったとしてもみな違う作品になるのが作家の個性というものです。

魔法がかかった「あいうえお」

『あいたい あいたい あいうえお』の場合はなんといっても「あいうえお」です。会いたい気持ちの絵本に「あいうえお」がくっついた、そこに、けいたろうさんの、またこの絵本のユニークさがあります。

「あいうえお」はご存知のとおり、意味や感情を表現する言葉ではなく、五十音のはじめ、「あ行」と呼ばれるものです。英語のABCは物事のはじめ・初歩の意味も持ちますが日本語でそれは「いろは」であり、「あいうえお」はあくまで記号的な言葉です。
それを「気持ち」の絵本に持ってきた。しかも「あいたい」と並ぶ中心的なリフレインに持ってきたのには驚きました。
記号的であるはずの「あいうえお」が、読んでいるうちにどんどん感情のこもった言葉に変貌していくのです。
会えない気持ち、会いたい気持ち、もうすぐ会える気持ち、会えた気持ち!
けいたろうさんの魔法が「あいうえお」に新しい命を吹き込んでいます。けいたろうさんも絵本の文の作家ですが、ここではやはり見事な詩人のような仕事をされたと言えるでしょう。

ぼくも言葉の作家だから気になってしまうのは、「あいうえお」はいったいどこからやってきたのか?です。
リズムを整える目的は当然あったでしょう。でもそれだけなら「あいうえお」でなくてもよかったはず。あいたい、の「あい」から来たのかな? ひょっとして「愛」も影響しているのかな? いろいろ想像してしまいます。
しかし、ぼくの経験から推測すると、こういうのはかなり直感的です。理屈で考えて出てくるというよりは、なんとなくひらめいて「あ、いいな!」と採用し、あとから考えればいろいろヒントとなったものに思い当たる、くらいがふつうです。
作家のそういうところ、理屈では解明しきれない部分に触れることこそが、絵本を読む最大の楽しみと言ってもいいでしょう。

作家と画家のキャッチボール

絵本にはネコとかイヌとかウサギとか、子どもたちにおなじみの動物が登場することが多いのですが、『あいたい あいたい あいうえお』はちょっと違います。
オカピ、ウンピョウ、アナグマなどが登場します。なんでかな?と思っていたら最後の最後で理由がわかりました。種明かしはここには書かないので、絵本を最後の1枚までめくってみてくださいね。

作家と画家の絵本作りはキャッチボールみたいなところがあります。作家が自信のボールを投げ込むと、画家はしっかり受け止めて、自分のボールを投げ返すのです。
ちょっと変わった動物たちは、絵のおくはらゆめさんのアイデアだと聞きました。
けいたろうさんがユニークなボールを投げたら、おくはらゆめさんがこれまたゆめさんにしか投げられないボールを投げ返した。そんな気持ちの良いチームワークが伝わってきます。

(by 風木一人)


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