老化と介護と神経科学32「介護に必要な3つの力と1人のキーパーソン」

自分の親の介護を経験したり、他所の人から介護の話を聞いたりすると、介護のやり方というのは様々なのだなあと思う。ひとりで介護をしている人、兄弟姉妹や親戚と協力している人、海外に住みながら、日本に住む親の遠距離介護をしている人もいる。みんなそれぞれ苦労をし、工夫をしながら対応している。
介護には様々な要素があるが、ざっくりいうと、3つの「力」にまとめられるのではないかと思う。

1つ目はお金の力。
介護保険を使っても、自己負担分がある。そもそも介護保険料を支払わなければならない。また、介護保険で受けられるサービスには限りがあるから、それ以外のサービスを希望するなら、私費で支払わなければならない。したがって、使えるお金によって、受けられる介護サービスが変わってくる。施設入居を考えるなら、さらにお金が重要になる。手厚い人員配置、看護師常駐、医療対応、見取り対応などの条件をつけていくと、入居費用はどんどん高くなる。ただし、高いお金を払えば必ず質の高いサービスが受けられるかというと、必ずしもそうはならない。

2つ目は人の力。
ただしこれは、お金で雇える「人員」や「人材」のことではない。お金のためでなく、進んで(いや、義理でもいいのだけど)介護に協力してくれる人たちのこと。
家族や親類のことが多いが、地域の中での助け合いが盛んなところもあるようだ。そういう、報酬や契約とは関係のないレベルで手を差し伸べてくれる人、そしてそういう人間関係のことを、「人の力」と呼びたい。
たとえ相手が職業的な介護従事者だったとしても、良い関係を築いて素晴らしい仕事をしてもらえるなら、それも「人の力」と呼んでいいかもしれない。

3つ目は「公(おおやけ)の力」。
一番わかりやすいのは介護保険制度そのものだ。介護保険なしで、介護にかかる費用の全てを自腹で賄える人は少ないだろう。それだけではない。もしお金を沢山持っていたとしても、近くに介護施設やサービスを提供する事業所がなければどうしようもない。そういう施設やサービスの存在も「公の力」だ。これは、住んでいる地域によって状況がかなり違うようだ。

3つの力を全て潤沢に持っている人というのはほとんどいないだろう。お金がない、頼れる人がいない、近くに施設がない。そんな時に、ないものを嘆いても始まらない。あるもので間に合わせるしかない。お金があれば、お金を使って。頼れる人がいれば、人に頼って。そしてもちろん、公共サービスはフルに使って。

大切なのは、自分がどの力をどれくらい持っているか把握することだろう。漠然と「お金がない」と思っているより、家計を計算して、月々いくら使えるか数字が出れば、かなり不安が減る。
「どうせ親戚には頼れない」と思っているより、実際に相談して断られる方がさっぱりする。公共サービスについては、ケアマネなどの専門家に相談しない限り、何があるのかさえわからない。

3つの力のうち、どれに頼るかは人それぞれだが、その力を使って、介護を主導する人が必ず1人いる。その人のことを、「キーパーソン」と呼び、ケアマネが介入するときは、まず最初に誰がキーパーソンかを確認するそうだ。
育児の場合は、どの子にも親がいて、親が保護者となるのが原則だが、高齢者の介護の場合、そういう原則はない。子供が沢山いて責任が曖昧なこともあれば、子供がいない高齢者もいる。家族以外がキーパーソンになる場合もある。

今後、少子高齢化が進み、親戚付き合いも地域の結びつきも希薄になると、キーパーソン不在の高齢者がどんどん増えるだろう。そうなると、誰に介護を託すれば良いのだろうか。私自身、子供もいないし、親戚付き合いも近所付き合いもほとんどない。他人事ではない。

皆さんはどうだろう。自分が高齢になり、介護が必要になった時、誰がキーパーソンとして責任を持ってくれるか、想像できますか?

さて、32回続けてきました、「老化と介護と神経科学」は、今回で終了とします。長らくご愛読ありがとうございました。

(by みやち)

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