神経科学の教科書の情動の章で、扁桃体の次に出てくるのは内側前頭葉皮質などの皮質領域、それに視床下部と脳幹だ。中でも近年注目されているのが内側前頭葉皮質の一部、前帯状皮質である。
と言うわけで、今日はとても教科書的な話。
前帯状皮質は「ぜんたいじょうひしつ」と読む。図1は大脳半球の内側面である。左右の半球が合わさるところ。「脳梁」と言うのは、左右半球を繋ぐ神経線維の束である。その脳梁をぐるっと取り囲む帯状(おびじょう)の皮質が帯状皮質。あるいは帯状回とも呼ばれる。
帯状(おびじょう)の皮質なんだから「おびじょう皮質」でいいじゃないかと思われるかもしれないが、学術用語には漢語を使うというのが、第二次大戦あたりの時期までの科学界のお作法だったのだ。欧米ならラテン語を使うところだ。戦後は科学分野もアメリカの一人勝ち状態になったので、術語にも英語を使うのが標準になった。日本でも、最近は英語の術語をそのまま使うことが多い。
余談はこれくらいにしよう。帯状皮質の前の方、前帯状皮質(anterior cingulate cortex, ACC)は、前回取り上げた扁桃体とも神経繊維(軸索)で繋がっており、情動に関係することは古くから知られていた。「電車・居眠り・夢うつつ」の46回で紹介したフィニアス・ゲージさんの症例でも、情動が不安定になったのは前帯状皮質を含む内側前頭葉の損傷によると解釈される。
2000年前後に機能的MRI(ファンクショナルMRI, fMRI)や陽電子断層撮像法(日本語訳は定まっていないので、positron emission tomography, PETと呼ばれることが多い)などの機能画像技術が爆発的に普及すると、うつ病の患者さんの脳の活動も調べられ、ACCの一番下の領域の活動がうつ病の症状と相関することがわかってきた。さらには、ACCを電気刺激することで、抗うつ剤の効かない難治性のうつ病が改善する(時には完全に治る)ことが報告されるようになった。脳深部刺激療法と呼ばれる。パーキンソン病の治療などでは、すでに標準的な治療の一つになっている。
脳に細い電極を埋め込み、刺激装置やバッテリーは胸のあたりの皮下に埋め込む。当然脳外科手術が必要なので、抗うつ剤に反応しない重症の患者に限って、現在は試験的に施術が行われている。
図2は、2005年に発表されたある論文から引用した図である。
左側は脳の内側面の図、右側は脳の断面(おでこと並行の面で切った断面、前額断)の図である。
上段は、うつ病患者と健常者の脳活動の比較。赤いところは、患者で活動が亢進していたところ。青いところは、活動が低下していたところ。cg25と書いてあるところが、ターゲットとなるACC領域である。
中段、下段は、それぞれ脳の電気刺激を3ヶ月及び6ヶ月間継続的に行った後の活動変化。3ヶ月後からcg25の活動が低下し、6ヶ月経つとF46、F9と書かれている、認知機能に重要な領域の活動が上がっている様子が示されている。
残念ながら、数年前にアメリカのグループが食品医薬品局(FDA)の承認を申請したときには承認されなかったが、その後もポジティブなデータは多数出ているので、近い将来正式に承認されるのではないかとのことである。
(by みやち)