心・脳・機械(15)情動と神経系(哺乳類、扁桃核)

自分にとって心地よいものに接近し、不快なものを回避するというのは、どんな動物にとっても重要なことだ。アメフラシくらいの神経系(神経細胞の数は20,000程度、ヒトの神経系の神経細胞は100億と言われている)があると、元々あった情動反応(反射)を、状況に応じて強めたり弱めたりできる。では、哺乳類の脳では何ができるのだろうか。

哺乳類の脳の中で、情動に関連して一番重要なのは扁桃体(あるいは扁桃核)と呼ばれる部位だ(図1)。他にも重要な部位はあるが、まあ扁桃体が一番と言って、怒られることはないと思う。

哺乳類の脳の中で、情動に関連して一番重要なのは扁桃体

ここでちょっとだけ寄り道をしたい。これからしばらくの間、様々な脳の部位の名前が出てくると思う。この、脳の「部位」ということについて説明をしておく。

脳はいろいろな細胞でできているが、いわゆる「心」の働きに直接関わるのは神経細胞(英語で言うとニューロン)である。

神経細胞(英語で言うとニューロン)

図2はよくある神経細胞の漫画だが、どの神経細胞にも丸く膨らんだ細胞体と呼ばれる部分が一つある(直径10~50μ程度)。ここは細胞核を含む、細胞の本体と言えるところだ。
細胞体からは樹状突起という枝が何本も出ていて、他の神経細胞からの信号(神経伝達物質)を受け取る。
また、軸索(神経繊維とも言う)が他の神経細胞に信号を伝える。図2では軸索の長さが細胞体の2倍程度に描かれているが、実際の細胞体の直径は10~50μ程度、脳の神経細胞の軸索の長さは1ミリ以下から長いものでは1メートルにもなる。
軸索だって樹状突起だって細胞の一部には違いないのだが、学者が「ここにある細胞」と言うときは、「ここに細胞体がある細胞」と言う意味であり、軸索は、遠く離れた場所まで伸ばしている可能性がある。大脳皮質運動野の一部の細胞(体)は、脊髄の下の方まで軸索を伸ばしている。
脳の中には、神経細胞の細胞体が集まっている場所と、軸索が集まっている場所がある。細胞体が集まっている場所は灰色がかって見えるので灰白質、軸索が集まっている場所は白っぽく見えるので、白質と呼ばれる。イメージとしては、灰白質が町、白質が幹線道路や高速道路という感じか。
もちろん、どんな小さな町にも路地はある。一番有名な灰白質といえば、大脳皮質だろう。一番有名な白質は、左右の大脳半球を繋ぐ脳梁だろうか。

さて、灰白質の中でも、よく似た機能を持つ細胞(細胞体)は近くに集まる傾向がある。逆に言えば、脳のある領域には特定の機能があると考えられる。

寄り道が長くなってしまったが、今回注目する扁桃体は、側頭葉の奥深くにある灰白質の塊である。形が扁桃(アーモンド)に似ているので、この名前がついた。(余談だが、解剖学用語というのは、難しそうに見えて、実は「見たまんま」であることが多い。)
扁桃体の重要な役割は、感覚と情動を結びつけることだ。つまり、怖いものを見て怖いと感じ、嬉しいものを見て嬉しいと感じること。扁桃体に障害を持つ患者さんは、それができない。ある患者さんは、普通の人が怖がるヘビやクモを見ても、お化け屋敷のお化けを見ても、自分自身の昔怖かった(はずの)体験を語っても、全く恐怖の感情を示さなかったそうである(本人の報告でも、皮膚抵抗などの生理反応でも)。
実験動物においても、扁桃体を壊すことで、通常見られる恐怖反応がなくなることが知られている。クリューバー・ビューシー症候群というもので、両側の扁桃体を損傷したサルが、ヘビのおもちゃを掴んで食べようとしたと言うのは有名な話。また、サル以外の動物に対して求愛行動をすることも見られ、感覚と情動の結びつきがおかしくなったものと考えられている。動物を対象にした、より精密な実験で、扁桃体が情動学習に関わる細胞レベルの仕組みも、かなりよくわかっている。

扁桃体があるおかげで、我々哺乳類は、新しい環境で、新しいものに出会っても、それらに対する適切な情動反応を獲得することができるのだ。もちろん、学習した情動反応が、その後のトラブルのもとになることもあるが、生存ということを考えると、やはり怖いものにはちゃんと怖がる方が、良いことが多いのだろう。

(by みやち)

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