前々回、うつ病に対する脳深部刺激療法の話の中で、試験的な治療を受けた患者の脳機能画像をお見せした。あれはなんだろう? というのが、今回のお話。
脳に関する記事や番組では、しばしばあのような脳活動を示すカラフルな画像が出てくる。図1はその典型例だ。2000年前後から急激に普及した、脳機能イメージングと総称される技術を使って作られた、脳の活動を表す図だ。
出来上がった図はよく似ていても、実はいくつかの全く異なる原理に基づいた方法があるのだが、今回は、機能的核磁気共鳴画像診断法(functional magnetic resonance imaging, fMRI)とポジトロン断層法(positron emission tomography, PET)と呼ばれる方法を念頭に話を進める。ただし、それぞれの原理までは踏み込まない。説明し始めると長くなって仕方がないし、私だって、その原理の細かいところまで説明しろと言われたら、頭を抱えるしかないのだ。
MRIやPETの検査を受けたことがあるという方はどれくらいいらっしゃるだろう? 中高年になると、脳ドックを受けたり、体のどこかが悪くなったりして受けることが出てくるが、若い人はあまり経験しないのではないだろうか。
図2は、WikipediaからとってきたMRI装置の写真だ。被験者(患者)が手前のベッドに寝ると、そのベッドが奥のトンネルの中に入っていき、そこで測定が行われる。
PETも、だいたい同じような形をしているが、トンネル部分がずっと短い(図3)。
ちなみにその中身は全く違う。MRIのトンネルは巨大な電磁石で、PETのそれの中には、光電子倍増管と呼ばれる放射線のセンサーがぎっしりと並んでいる。ちなみに、fMRIというのは、装置としてはfのつかない通常のMRIと同じである。病院に置いてあるMRI装置でも、functional用の設定で撮像すれば、脳の活動を調べることができる。
ここで、「脳の活動」と言っているのは、脳の局所血流量のことだ。神経細胞が活発に活動すると、数秒遅れて周辺の血流量が増える。それを、血液内に注射した放射性同位元素の発する放射線を使って検出するのがPET、血液中のヘモグロビンの磁気的な性質を使って検出するのがfMRIだ。
図1は、指でリズミカルなタッピングを行なっている人の脳活動をfMRIを使って計測した結果だ。赤や黄色に塗られた部分が強く活動していて、それ以外の部分は活動していないのがよくわかる、というのは真っ赤な嘘。
生きている人間、特に覚醒している人間の脳で、活動していない場所というのはおそらくない。脳機能画像で示しているのは、ある二つの条件間の、脳活動の「差」なのである。たとえどんなに激しい神経活動があっても、2条件間に差がなければ色はつかない。通常実験では、ある行動またはある精神機能に関連した脳活動を調べるために、その機能を使っているとき(実験条件)と、その機能は使っていないが、よく似たことをやっているとき(対照条件)の脳血流量の差をとる。
図1の場合は、被験者さんがある決まったリズムで指を動かした場合と、リズム関係なしで同じ回数指を動かした場合に活動の差があった場所を色で示しているのだ。この2条件間で活動に差があった領域は、運動リズムに関係していると推測できる。
さて、前回お見せしたPETの図では、うつ病の治療後に、治療前より活動が上がっている領域と下がっている領域があった。今日の図1には、活動が下がった領域というのは示されていない。これは、必ずしも活動の下がった領域が無かったというわけではなく、そもそも活動が上がった領域しか表示していないのである。なぜか。それは、研究の目的と実験の内容から言って、活動が下がった領域を調べても意味がないと考えられたからだ。
このように、脳機能画像法の図というのは、単純な測定結果(例えばX線写真のような)ではなく、いくつかの前提のもとに、測定結果に複雑な計算を行なった上で出来上がるものだ。綺麗で見やすい図だが、正確に読み解くにはある程度の知識と注意が必要になる。しかし、視覚的なインパクトが強いので、説明には使いやすい。私も、講義などで、ついついこういう図を詳しい説明抜きで使ってしまうことがある。ほんとはアブナイことと知りながら。
図1:Konoike et al. (Neuroimage, 2012)より
図2、3: Wikipediaより
(by みやち)