老化と介護と神経科学11「結晶性知能と流動性知能」

「知能」という言葉がある。心理学、とくに発達心理学の領域でよく使われる言葉だ。神経科学者はほとんど使わず、かわりに「認知機能」という言葉を使うが、ほとんど同じことと考えて差し支えない。ちなみに「知能」の英語はintelligence、普通の日本語に訳せば「知性」である。

以前私は、「認知機能とは単一の機能ではない。視覚、聴覚といった各種の感覚機能、記憶、注意、感情など、様々な機能の総称である」と書いたが(こちら)、じつはこれもあまり良い説明ではない。ここでいう「様々な機能」というのは、じつは様々な名前のことである。

下図のような島があったとする。この島の地図を作るにあたって、地区を分けて地名をつけようとする。北東地区と北西地区を分けるのに反対する人はいないだろう。では、そのほかの部分はどうするか。南東地区と南西地区にするか、それともまとめて南地区にするか。いや、もしこの島付近に常に強い西風が吹いているとしたら、西地区と東地区に分けるほうが、実用的かもしれない。港ができれば、港地区、なんてものもあって良いだろう。

そういうわけで、知能とか認知機能の分類も、目的によって変わってくるのだが、1960年ごろに知能の加齢変化を研究していたホーンとキャッテルという心理学者が、「結晶性知能」「流動性知能」という分類を考え出した。

様々な年齢の人を知能検査で調べると、検査項目によって、高齢者の点数が明らかに悪い項目と、年齢によって差がない、あるいはむしろ高齢者の方が点数が良くなる項目があることに気づき、前者を「流動性知能」、後者を「結晶性知能」と呼ぶことを提唱したのである。

流動性知能というのは、新しいものの名前を覚えたり、図形の形を把握したり、いろいろなものの関連性を見つけ出したりといった、「新しい場面への適応が要求される問題解決と関連が深い能力」(朝倉心理学講座15高齢者心理学6章)である。

一方の結晶性知能は、語彙や歴史上の出来事など「過去の学習・経験によって形成された知識や判断力、習慣による問題解決と関連の深い能力」である。
ただしこれは単純な知識ではなく、たとえば微積分の概念を問題解決のために使いこなすような能力も含まれる(Horn & Cattel, 1967)。(微積分の公式を暗記するのは、流動性知能である。)

さて、この「結晶性知能」というのを神経科学的に表現するとどうなるだろうか。
長期記憶、意味記憶が必要なのは間違いない。手続き記憶も必要そうだ。実行機能も関係ありそうだ。とすると、関わる脳部位としては、側頭葉皮質、海馬、運動前野、大脳基底核、前頭前野といったところか。こんな複雑で高度な機能を「結晶性知能」の一言で表現してしまうのだから、たいしたものである。
と、感心したものの、よく考えたらこれは「おばちゃんの知恵」ということではないだろうか。「過去の学習・経験によって形成された知識や判断力、習慣による問題解決と関連の深い能力」なんて難しい言葉を使うから難しくなるのだ。
高齢者の認知能力が知りたければ、心理学や神経科学の教科書を読むより、まんが日本昔話のDVDでも借りてきたほうが良いかもしれない。

(by みやち)

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