【 魔談552 】モンマルトルの画家たち(53)

【 連載1年 】

「モンマルトルの画家たち」第1回は昨年の11月7日(金)だった。本日は11月6日(金)。きっちり1年間、連載を続けたことになる。
私にとってこの1年間は通院(合計31回)・入院(合計3日間)・手術(2回)という今までの人生にない酷な1年間だった。しかし魔談を落としたことはなかった。じつを言うとそれは「それほど魔談連載にこだわった」というよりも、余儀なく通院を重ねた中部国際医療センター(美濃加茂市)が東海一の設備を誇る巨大病院であり、院内のどこにいてもWi-Fiが有効だったというラッキーな環境に負うところが大きい。この巨大病院のロビーや待合室や喫茶店から魔談を発信したことは何回もあった。中小の病院では、なかなかこうは行かない。「ここは率直に最先端の巨大病院でラッキーだったと思うようにしよう」と何度か自分に言い聞かせたものである。ともあれ1年。

さてきっちり1年でこの長い連載も終わりにしようかと数回前からなんとなく計画していたのだが、これがまた、なかなかそううまくはいかない。
というのも、最後に語り始めたヌードデッサンの話、そこで見た特異なシーンが、書けば書くほどに「新たな記憶や感慨を喚起し」とでも言おうか、面白くなってきたのだ。せっかくの機会なので、もう少し語ろうと思う。もう数回、おつきあい願いたい。

【 休憩というよりは飲み会 】

さて本題。
結局、その夜、ローズは「1時間2ポーズ」のヌードモデルをやった後で(彼女の希望で)1時間の休憩というか飲み会をやり、さらにその後で「1時間2ポーズ」をやった。後半の1時間ときたら、モデルも描き手も酔っぱらっているという有様。最もそれは全員ではない。貞子とマリアンヌは全く飲まなかった。

私は……ローズにつがれるままに5杯ほど赤ワインを飲んだ。目の前の円卓にあった(誰が持ってきたのかわからない)コールドビーフを食べ、クロワッサンをかじった。テーブルにはなんとエクレアまであった。喜んでひとつをいただいてかじったのだが、フランスパンのように硬い皮のエクレアだった。これはあまりうまくなかった。ともあれ、完全にほろ酔いだった。

ローズは(たぶん酔った勢いで)私をちょっとからかいたくなったのだろう。誰とも話をせず黙々とワインを飲みクロワッサンをかじっていた私に向かって何度も「アーミー」と呼び、赤ワインのボトルをグッと突き出した。誰が持ってきたのかわからなかったが、円卓の上には赤ワインのボトルがいつのまにか5〜6本ほど立っていた。
「まずいな。こんなんじゃ、後半どころかこのままダウンだぞ」と思い、気持ちを引き締めてワインを減らすために、貞子とマリアンヌを時々見た。彼女たちはペリエ(炭酸の入ったミネラルウォーター)を飲みながらクロワッサンをかじっていた。貞子は私の視線など全く気がついていない様子でマリアンヌとしきりになにか話をしていたが、マリアンヌは時々チラッと私を見ていることに気がついた。そのおかげで緊張感を取り戻し、酔った勢いでワイングラスを重ねることはなんとか回避できた。

ちょっと余談。
この時に飲んだ赤ワインで、ひとくち含んで「……お、これは?」と思うような独特の苦みばしった味のものがあった。ラベルを見ると「DUBONNET」(デュボネ)。
後で貞子に聞いたのだが、このワインには薬草がブレンドされているそうだ。どうりで通常の赤ワインよりも独特の(養命酒に近い)風味があるわけだ。私はこれが気に入り、このワインだけで2杯飲んだ。

私は空になったワイングラスをトンと円卓に置いた。ローズが即座にボトルを突き出してきたが、右手を軽くあげて断った。せっかくの機会なので、他の画家たちのデッサンを見ておこうと思ったのだ。

ところが順に見ていって、驚いた作品があった。
その画家はヌードのローズを見て喚起されたイメージを(黒とピンクのパステルで)描いていた。それはピカソのように(写実ではなく)デフォルメに走ったデッサンだった。いやこうなるともう、これは「デッサン」とは呼べない。
私はその作品をまじまじと見ながら「これは日本のヌードデッサン教室ではありえないな」と思った。「ヌードデッサンは裸の女性を写実に描く勉強」といったそれまでの通常の概念は、完全にくつがえされた瞬間だった。

【 つづく 】


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