【善財くんがゆく!】第十一話 善財くん、宝石の中に宇宙を見る:第五の善知識・慈行童女 (2)

善財は目を見開く。

柱の中で、
何かが動いた。

「……え?」

木目の奥。

金の装飾。

宝石の輝き。

その中に。

別の世界が、
見えた。

善財は、
思わず柱へ顔を近づけた。

木目の奥で、
光が揺れている。

いや。

違う。

光ではない。

景色だった。

「……!」

善財は息を呑む。

そこには。

巨大な世界が広がっていた。

無数の人々。

無数の町。

空。

海。

山々。

そして。

その中心で、
ひとりの如来が説法している。

善財は目を見開く。

「えっ……
何これ……」

慌てて別の宝石を見る。

すると。

そこにも別の世界があった。

今度は、
先ほどとは違う仏。

違う国土。

違う説法。

さらに別の瓔珞を見る。

また別の世界。

また別の如来。

また別の法。

善財は、
完全に混乱し始めていた。

「ちょっ……
待って待って待って」

法堂のあちこちで、
小さな笑いが起きる。

だが誰も、
善財を馬鹿にしてはいなかった。

皆、
最初は同じだったのだろう。

慈行童女は、
静かに善財を見つめている。

善財は、
再び柱へ目を向けた。

すると。

今度は、
ひとりの如来が修行している姿が見えた。

菩提心を起こし。

願を立て。

修行し。

苦しみ。

人々を救い。

ついに大覚を開く。

その一生すべてが、
光の中で展開している。

しかも。

それがひとつではない。

柱にも。

壁にも。

宝石にも。

瓔珞にも。

法堂のあらゆる場所に、
無数の如来世界が映し出されていた。

善財は、
呆然と呟く。

「何で……
こんなものが……」

慈行童女は、
静かに答えた。

「世界は、
もともとそういうものだからです」

善財は振り返る。

慈行童女は、
穏やかに続ける。

「ひとつのものの中に、
無数の世界が映っています」

法堂の光が揺れる。

「そして、
その無数の世界の中にもまた、
無数の世界が映っています」

善財は、
頭がくらくらしてきた。

だが不思議と、
嫌な感覚ではなかった。

むしろ。

世界そのものが、
静かに広がっていくようだった。

慈行童女は、
ゆっくり法堂を見渡す。

「私は、
これを
“般若波羅蜜普荘厳”
と呼んでいます」

その瞬間。

法堂全体の光が、
ふわりと巡った。

まるで。

無数の世界そのものが、
静かに呼吸したかのようだった。

善財は、
その光景を見回しながら、
呆然と呟く。

「……
智慧の万華鏡みたいだ……」

慈行童女は小さく微笑み、
そして静かに頷いた。

「良い喩えですね」

その声と同時に、
法堂の光がまた柔らかく巡る。

宝石。

柱。

瓔珞。

そのすべての中で、
無数の世界が静かに呼吸していた。

善財は、
まだ半ば呆然としている。

「でも……
こんなの、
どうやって身につけたんですか?」

慈行童女は、
少しだけ空を見るような目をした。

「私は、
数えきれないほど多くの如来たちのもとで、
この法を学びました」

善財は瞬きをする。

「数えきれない?」

慈行童女は頷く。

「三十六恒河沙の数にも等しい如来たちです」

善財は固まった。

「……え?」

恒河沙。

つまりガンジス河の砂。

その数だけでも気が遠くなる。

しかも。

“三十六倍”。

善財は、
しばらく口をぱくぱくさせていた。

「そ、
そんな大勢から!?」

法堂の童女たちが、
小さく笑う。

慈行童女は、
穏やかな顔のまま続けた。

「ですが、
同じ説法はひとつもありませんでした」

善財は目を見開く。

「えっ」

「如来ごとに、
入口が違ったのです」

法堂の光が揺れる。

「ある如来は、
慈悲から」

「……」

「ある如来は、
智慧から」

「……」

「ある如来は、
苦しみから」

「……」

「ある如来は、
喜びから」

善財は静かに聞いていた。

慈行童女は続ける。

「同じ世界を見ていても、
見える景色は、
少しずつ違います」

宝石の中で、
また別の如来世界が揺れる。

「ですが、
どの入口もまた、
この“普荘厳”へ通じていました」

善財は、
法堂を見回した。

無数の世界。

無数の如来。

無数の説法。

なのに。

不思議と、
全部がバラバラには感じなかった。

まるで。

巨大な音楽が、
様々な旋律を重ねながら、
ひとつの響きになっているようだった。

善財は、
ぽつりと呟く。

「……同じ答えなのに、
全部違うんだ」

慈行童女は、
静かに微笑む。

「はい」

その微笑みは、
どこまでも穏やかだった。

「智慧への入口は、
ひとつではありません」


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