どこが反日プロパガンダ映画?「南京写真館」、そして「プライド 運命の瞬間」

昨年夏中国で公開されヒットし、興行収入660億円(「国宝」が208億)を記録した「南京写真館」が、日本では公開されない。テーマは「南京事件」(昭和12年)。反日プロバガンダ映画と思われているのだろうか?

監督:申奧 出演:劉昊然 王伝君 高葉 王驍ほか

日本語字幕付きのDVDを知り合いからもらって見てみたが、映画として面白い、いや、相当に質の高い傑作なのだ。
南京事件は、日中両国の間で、あるいは研究者の間で、推定死者数に大きな差があっても、沢山の市民の殺害、婦女子の強姦、建物の破壊があったことは明白な歴史的事実だ。およそ80年前、他のアジア民族を見下していた時代(今もそんな無知でバカな人がいるが)だから、中国人を人とも思わず殺戮がエスカレートしたのだろう。

確かに、前半は、残虐なシーンもあり、見ていていたたまれない描写はある。軍が行う長江海岸での虐殺などだ。しかし、執拗な描写ではないし、既に承知している事柄である。この映画が素晴らしいのは、虐殺事件は事件として描きつつ、後半、写真館に偶然集まった名も無き普通の人々が如何にして日本軍が支配する市中から脱出していくかをサスペンスフルに描いていることだ。映画の質が高いのだ。

写真館に集まるのは、写真屋の家族、主役の郵便配達夫、女優などだが、手に入った通行書を使って脱出を試みていく。写真の張替えなど、本当にスリリングだ。そして、結果的に、あることをやり遂げて、南京の虐殺が世界に知らされることになる。
脚本がよく練られて実に上手く出来ている。史実の大きな骨格と、人物たちの小さな世界がうまく融合した。演出も的確、スピーディ。

デティールで感心した例をいくつか挙げる。写真館の家族が写真館の地下に隠れているが、日本軍がその地下に入ろうとすると、郵便配達夫がとっさに糞尿を撒いて、中国人は排泄も家の中で行うと言って、臭くて兵士が地下に降りないようにさせる。
また、写真館を離れる時、写真館にいるメンバー全員が記念の写真を撮るシーン。外に出て旅したことが無いと言う子供に、中国の色々な観光地を写した写真撮影の背景用のたれ幕を次々に見せて、一緒に写真を撮る。ここの美しくも切なく哀しい情感と言ったらない。

そもそも、写真屋という設定が上手い。主人公は、写真の現像を手伝うのだが、そのカメラは、殺戮や暴行の現場で使われたものだ。撮られた写真は日本軍にとっては栄光の記録になり(「オレの写真が朝日新聞に載った」なんて言っている)、中国の市民にとっては悲惨さの記録になる。
最後まで見ると、写真の中に、戦争前に、一人一人の市民にかけがえのない暮らしや家族の営みがあったことが分かる。それを破壊したのが即ち、戦争、日本軍である。

この映画、中国が、ことさらに日本軍の非人間性、極悪さを煽っているプロパガンダ映画とは思えない。むしろ抑えているのではないか。オープンセットも立派だし、美術もいい。
日本で上映したらどうだろう。私は未見だが1998年に「南京1937」を上映した映画館に右翼がスクリーンを切り裂くなど妨害行為をしたことがある。それを恐れているのではないか。高市、「表現の自由」を守るため「映画館損壊法」(?)を作ったらどうだ。

 

監督:伊藤俊也 出演:津川雅彦 いしだあゆみ 奥田瑛二ほか

参考になる映画を一本挙げる。裁判で「南京事件」が言及され、その犯罪行為が議論される日本映画は「プライド 運命の瞬間」(1998年)だ。この映画、東京裁判で、人道・平和に反する罪で東条英機たち被告が裁かれる様子を描いている。
この映画は、東条や日本無罪の判決を出したインドのパール判事などの話を詰め込み過ぎ。何より困るのは、東条を美化しすぎたこと。私生活では妻や子や孫想いであるし、首席検事キーナンとの尋問では、毅然かつ堂々とし、日本は正しかったと理路整然と論を述べる。しかし、映画「開戦前夜」で知ったように、日本必敗であるのに戦争に踏み切った反省は微塵もない。一番イヤなのは、民間・兵士合わせて日本人300万人が死んだこと、アジアの諸国を侵略したことに想いが至らぬことだ。
この映画では、天皇が訴追されないように、東条は弁護人に請願されて、天皇は「しぶしぶと開戦をお認めになった」と虚偽の発言をする。つまり、映画の作り手は天皇にも戦争責任がある、という立場だ。また、この映画、アメリカの原爆投下が問われなかったという裁判の欠点も指摘した。この二点だけは評価したい。

(by 新村豊三)

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