さほど宣伝もされずチラシも今一つの出来であまり話題になってないが、生田斗真主演の「渇水」が素晴らしかった。
生田演じる岩切俊作は前橋市の水道局員で、水道代を滞納している家庭に出かけて督促を行い、それでも払わない場合、停水(地面に埋めてある水道栓を止める)を行う業務を、若手(磯村勇斗)と二人で行っている。
季節は夏、この年、雨が中々降らずプールにも水を入れられず人々も節水を行っている。アパートにはいろいろな滞納者がいる。職員の人格を否定するような言を吐く輩もいる。岩切は、手続きの流れに従い淡々と、「規則ですから」と停水していく。
停水された家庭に、シングルマザーに育児放棄された幼い姉妹がいる。母親は新しい男を見つけ長く家に帰らず、二人は水の出ない生活を続ける。夜、バケツを持って公園へ水の補給に行ったり、無断で他人の家の水道を使ったり、スーパーで万引きをしたりする。
この姉妹が切ない。健気だし、他人が親の悪口を言う時は反発して親を守ろうとする。切ってもらえない髪も長くなっていく。必死さと健気さに何度か目頭が熱くなる。
岩切はこの幼い姉妹が気にならないわけではない。実は、岩切には、息子と家を出た妻がいる。家族をどうするか悩んでいるのだ。
水を止めることをどう考えたらいいか簡単に結論は出ない。私自身にも正しい答は分からない。
その後、彼がこの停水に関して、突然ある行動を取る。おおっと思う展開になる。詳しくは書けないが。
ラスト、岩切に届いた姉妹からの手紙には心打たれてしまった。少なくとも、自分たちを守ろうとした優しいオジサンがいたことで、人間は信頼に足ると、二人の幼い胸に刻まれたのではないか。この姉妹に幸い多き人生が待っていることを祈る。
この映画は演技が皆いい。生田斗真、磯村勇斗、幼い娘の母を演じる門脇麦、幼い娘二人、生田の妻の尾野真千子。
また、演出が何というか、じっくり、ゆったりしていてリアルなのだ。全く奇を衒っていない。姉妹たちが登場するファーストシーンとラストシーンが同じなのも憎い。
アイスを食べるシーンが、2回、長回しで正面から捉えられる。アイス(きっと地元の、ガリガリ君で有名な赤城乳業だろう)の「くじ」が当たるか当たらないか、というささやかなことが話題になっているが、とても好きだ。ユーモアと共に希望もあるようだった。
タイトルが地味だが、原作の小説がこれなのだ。実は、33年前に発表され芥川賞の候補作になっている。筆者は実際に水道局員だった河村満氏(故人)。
親にネグレクトされて自分たちだけで暮らし始める映画は是枝監督の「誰も知らない」を思い出す。この作品よりも「渇水」の方がいいと思う。監督は高橋正弥。知らない監督だったが、様々な著名監督の助監督を務めて現場を知り尽くした人のようだ。
好きな映画をもう一本! 私の好きな荻上直子の新作「波紋」も面白かった。
50代の専業主婦依子(筒井真理子)は、夫の修(光石研)や一人息子の面倒を見ながら、寝たきりの義父の介護をしているが、ある日、夫は理由も告げず、家を急に出てしまう。その後、義父が亡くなり、一人息子も独立して家を出て一人暮らしを始めるが、体調の悪さもあり新興宗教にハマり出す。
11年後に、放浪していた修が帰ってくる。修はガンにかかっていると言いだす。この映画、今日の日本の諸問題を巧みに描き、最終的には女性が解放されていくストーリーだ。
依子は、新興宗教にハマり高額の「水」を買い込み、家の庭も枯山水に変え、中にも立派な祭壇をまつる。スーパーでレジ打ちの仕事をしているが、ここにもセコいクレーマーがいて、家の内外にストレスを一杯抱えている。また、息子もある問題を持ち込む。さて、依子はどう変わって行くのか?
面白いシーンがある。帰って来た夫と財産分与の話をしていて、夫が怒って机をたたくと画面全体が湖面に変わり、その水面に乗った人物が対峙することになる。似たシーンがもう一度出て来る。
映画の中で何回か、人の拍手のような音が聞こえる。その音は、主人公のポジティブな気持ちを反映している。ラストシーンが印象的だ。すべてを吹っ切った、自分の生き方を決めた主人公は、フラメンコの踊りを始める。延々と情熱的に狂おしく踊る。このシーンが主人公の再生を暗示していてとても印象的だ。
(by 新村豊三)