私は重い気持ちで「山猫軒」へ向かった。
考古省の役人、サラク・ギハに見せられた、出土品窃盗の「容疑者」の顔。
それはまぎれもなく、ジョーのところに居候している天才ミュージシャン、あの白銀の猫男子だった。名前の欄には「シロ・アオイ」とあったが、おそらく偽名だろう。
見るからに育ちの良さそうなあの若者が、なぜ、太陽の光も届かない発掘現場で、過酷な肉体労働をしていたのか。そのうえ財宝泥棒など……
私はあわてて頭を振った。まだ泥棒と決まったわけではない。
それに、
(「財宝」か)
私は自分で思い浮かべた言葉に苦笑した。サラクは「出土品」と言ったはずだ。
しかし、「紛失した出土品と同種類のもの」としてサラクが提示した写真を見たとき、真っ先に浮かんだのはその言葉だった。
小さな直方体がたくさん融合したような形は、一見、鉱物の結晶のよう。しかし、その多面体の稜線はどこを取っても水平垂直で、人工物のにおいがする。透明に見えるが、表面は水に流した機械油のように妖しく輝いている。
「一種の記録媒体ではないかと推測されています。しかし、それを再生する装置の方は未だどこからも見つかっていません。ご覧の通り、見た目が美しいので、闇マーケットで高額で取引されているようです。我々はこれを『四角石』と呼んでいます」
サラクはまるで、自分が世界の全ての「四角石」を所有する権利を持ってでもいるかのような態度で言った。
サラクが前金を置いて辞したあと、私は終業時刻が来るまで考え込んだ。
シャッターを閉めても、まだしばらく考え込んだ。
30分経って、壁の鳩時計が「クルックー」と鳴いたとき、ようやく重い腰を上げた。そして今、のろのろと山猫軒へ向かっているというわけだ。
発掘現場から消えた「四角石」は、本当に「シロ・アオイ」が持ち出したのか。
山猫軒についたらシロを奥から呼んでもらい、そのことについて聞きたださなければならない。無法者の相手なら慣れているが、私は教師には向いていない。うまくいくだろうか。
もし、シロが四角石を持っていたとしたら、ブツだけをあの役人に渡せば一件落着のはずだ。
シロが金に困っているのなら、私が長期無利子で貸してやってもいい。それが嫌だというのなら、ジョーのところで本当にミュージシャンとして働くのはどうだろう。あの演奏ならたくさんの客を呼べるだろう。チャージを取ってもいいくらいだ。私にとって本当にくつろげる空間が騒がしくなってしまうのは痛手だが……。
フギャーーーーッ!!!
凄まじい叫び声によって、思考が中断された。
私はジョーの店の手前の曲がり角まで来ていた。声が聞こえたのは、店の裏手のほうだ。
反射的に駆け出しながら、あれは悲鳴ではなく、猫人が喧嘩の時に発する威嚇だと気づく。
路地へ入ると、突き当たりの塀の上に、不良猫の矢車兄弟が乗っていた。二人とも白茶の斑だが、兄は茶色が多く、弟は白が多い。二人はおびえたように路地の入口のほうを向いていた。が、私のことは見ていない。
私は静かに歩いて行って、声をかけた。
「その物騒なモノをしまいな、ジョー」
逆立った全身の毛のために普段よりもひとまわり大きく見えるジョーが、背中をびくんと震わせて振り向いた。そのすきに、矢車兄弟は塀の向こう側へ逃げた。
ジョーの指先から飛び出た「物騒なモノ」——研ぎ澄まされた三日月型の爪が、ゆっくりと引っ込んでいった。
「いったい、何があったんだ」
私は抑えた声で、ジョーに問いかけた。
(第五話へ続く)
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