「その自称元同僚はどんな風体でしたか? 『おかしな感じ』とは?」
私はノートを調べながらカテリーナに質問した。
「黒っぽい服を着て、鳥打ち帽を被ったマスチフ人でした。弔問に来たという割には主人の話をあまりしませんでした。玄関先で応対したのですが、洗面所を貸して欲しいと言って中へ入ろうとしたので、最後は追い返しました」
「ふむ。彼は何か持ってきませんでしたか?」
「はい。弔花(※)を一輪」
「受け取ったのですか」
「すぐに捨てましたけど」
おそらく、その弔花に出来の悪い紙魚どもが潜んでいたのだ。
「なるほど」
私はノートを閉じ、カテリーナに返した。
「お取り込み中のところをどうもお邪魔しました。我々はこれで失礼します」
丁寧にお辞儀をして、ジョーをうながして立ち上がった。
戸口へ向かおうとすると、カテリーナがためらいがちに口を開いた。
「あの子を……アレキセイを、捕まえるのですか?」
私は立ち止まり、彼女の方へ向き直った。
「私の仕事は、四角石を依頼人に返すことです。それを持ち運んでいる人物に用があるわけではありません」
「返す……ということは、依頼人は発掘現場の関係者なのですね。あの子が四角石を無断で持ち出したことはうすうすわかっていました。ならば、しかるべき罰は受けさせますし、黙認した私も同罪です。ですが……厚かましいお願いなのはわかっていますが、どうか、四角石の中身を再生装置で確かめるまで、待ってはいただけないでしょうか?」
「石の中身まで、私の関知するところではありませんな」
冷たい言い方に聞こえたかもしれない。しかし、約束できないことを「できる」と言うことはできない。「ニフェ・アテス」を狙う勢力の影がちらついてきたとあってはなおさらだ。
カテリーナは、複雑な表情で私たちを見送った。
私とジョーは、いったん西5塔へ戻った。トトノフスキイ氏の研究ノートによると、四角石の再生装置があると思われるのは東区の70階よりも下、つまり息子のアレキセイが「ニフェ・アテス」の刻印がある四角石を見つけた発掘現場のさらに下層だ。行くにはそれなりの準備をしなくてはならない。
急ぎ足で歩きながら、ジョーが話しかけてきた。
「カテリーナさんのところに来た『元同僚』とは……やつですね」
「ああ。マスチフのサム。汚れ仕事も請け負う元警官。探偵というより何でも屋だ」
私は苦々しい気持ちで答えた。やつを同業者とは認めたくない。
「やつの雇い主はだれなんでしょう?」
「安易に断定はできないが、トトノフスキイ氏を追放した音楽アカデミーだろうか。『ニフェ・アテス』の存在を認めていないわけだからな」
「すると、やつの目的は四角石を破壊することでしょうか」
ジョーの声音にただならぬものを感じて横を見て、思わずゾッとした。彼の隻眼が爛々と燃えている。音楽を冒涜する者に怒りを感じているのだ。
西5塔につくと、私はレッドイーグル探偵社、ジョーは山猫軒へそれぞれ帰った。
ほどなく、支度をすませたジョーがやって来た。動きやすい服装にバックパックを担いだ彼に、バーのマスターの面影はなかった。もっとも、私の格好も似たようなものである。
私たちは、東区行きの列車に乗った。駅を出てしばらくすると、トキ市を囲む大海原が現れた。
海を見るのは久しぶりだ。こんな状況でなかったら、のんびり遠足気分を味わいたいところだが、もちろんそんなことは言っていられない。
サムはもう、アレキセイを見つけてしまっただろうか。
海は私たちの気持ちは知らず、太陽の光を反射して、ただ輝いている……。
(第十二話へ続く)
※作者注:『〈赤ワシ探偵シリーズ1〉フロメラ・フラニカ』をお読みいただいた皆様はすでにご存知のように、この世界に生花は存在しない。ここで言う「弔花」とは、紙でできた飾りもののことである。
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