白銀の猫男子が引っ込んだドアの隙間から、ふたことみこと交わす声が聞こえた。
と思うと、その隙間の幅が広くなって、りっぱな鯖猫があらわれた。この「山猫軒」のオーナー兼バーテンダーのジョーだ。右目をおおう眼帯が、一見近寄りがたい雰囲気をかもし出しているが、立ち居振る舞いはきわめて紳士的である。
「いらっしゃいませ」
ジョーの柔らかなバリトンが、ガランとした店内に響いた。
「休みだったんじゃないのか」
「店はきのうから開けてますよ。……いつもので?」
カウンターの中に入りながらジョーが言う。私もスツールに腰かけ、彼の問いに軽いあいづちでこたえた。
それを受けて、ジョーは黙々と「いつもの」を作り始める。
「ミュージシャンを雇ったのかい」
琥珀色の液体を満たしたグラスが目の前に置かれると、私は尋ねた。
「いえ、あいつは……なんというか、人助けでね」
ジョーの声には照れ臭そうな響きがこもっていた。
続けて語ったところによると、二日前の晩、この近くの裏路地で、不良猫の「矢車兄弟」に絡まれていたところを救ったのだという。見るからにやつれた様子だったので、店へ連れてきて飯を食わせ、休ませると元気になった。
「迷い猫か。どこからきたのかね」
「それが何も言わないんですよ」
「名前は?」
「それもだんまりでしてね。ほかのあたりさわりないことはしゃべるんですが……そのうちに、部屋の中にある楽器をしきりに見ていることに気づいたんで、試しに持たせてみると、みごとに演奏するんです。それから二人で延々とセッションしましたよ。いや、楽しかった」
ジョーは幸せそうに目を細めた。いつも淡々としている彼が、こんなに豊かな感情を表すのを見たのは初めてだったので、少し驚いた。
「たしかに、さっきのハープはたいしたものだった。もう一度聞きたいくらいだ」
「呼びましょうか」
「しかし、えらく人見知りするようだったぜ」
「演奏なら大丈夫ですよ」
止める間もなく、ジョーはするりとカウンターを出て、奥へ行った。
ほどなくして戻ってきた彼の手にはギターがあり、後ろにはあの猫男子を従えていた。
「さっきは失礼しました」
白銀の毛並みと吸い込まれそうな青い瞳を持つ猫男子は、意外にしっかりした口調で言い、頭を下げた。そのお辞儀はほれぼれするほど美しく、気品に満ちあふれていた。
それから、ショウタイムがはじまった。
ギターとブルースハープの、大胆かつ緻密な即興演奏。
たった二人で演奏しているとは思えない、奥深いハーモニー。
私は目を閉じて、押し寄せる音の波に身をまかせ、酔いしれた。
(第三話へ続く)
☆ ☆ ☆ ☆
来る11月24日(日)に開催される第二十九回文学フリマ東京にホテル暴風雨絵画文芸部が初参加します。
メンバーは浅羽容子さん、松沢タカコさん、クレーン謙さん、斎藤雨梟オーナー、そして赤ワシ探偵の名コンビ 芳納珪&服部奈々子さんです。全員参加のアンソロジー『エブン共和国~幻惑のグルメ読本』などを販売します。ぜひご来場くださいませ!
於:東京流通センター 11:00〜17:00 入場無料
ホテル暴風雨 絵画文芸部のブース番号は「コ−27」です。よろしくお願いいたします。