〈赤ワシ探偵シリーズ2〉ニフェ・アテス第二十話「下へ、下へ」

挿絵:服部奈々子

挿絵:服部奈々子

「きみを尾行していたマスチフ人はサムと言って、彼こそが音楽アカデミーの代理人(エージェント)だ。きみが下層へ向けて出発したあと、きみの家にやってきて、トトノフスキイ氏の研究ノートを盗み見した。音楽アカデミーから『ニフェ・アテス』を探すよう依頼されているらしい」

私がそう告げると、アレキセイは白銀の毛並みを逆立てた。

「やつらは……音楽アカデミーは、『ニフェ・アテス』を葬りさろうとしているんです。そんなことは絶対にさせません!」

そのとき私の体から、羽根が一枚はらりと落ちた。さっきの格闘で抜けかけていたものだろう。アレキセイの視線がそれを追っていって、床に釘付けになった。

「ごめんなさい。ぼくがひっかいたせいで」

彼はあたりに散らばる赤い羽根を拾い集めると、申し訳なさそうに私に差し出した。
抜けてしまった羽根を返されても、もとに戻すことはできないのだが、その優しさがうれしくて、受け取ってポケットに入れた。
そのときのアレキセイの目は、とてもすなおな光を宿していた。私は、彼がまだ年端もいかない少年であることを思い出した。

「私の方こそ、押さえつけたりしてすまなかった。怪我はなかったかね」
「大丈夫です」
「では、すぐに出発しよう。急いだ方がいい」
私は地図を取り出した。この階層の地図はないが、上の階層の地図を見れば、ダストシュートの位置ぐらいはわかるかもしれない。アレキセイが伸び上がって地図をのぞき込んだ。

「ジョーさんと合流するんですか」
「そうしようと思っていたが、あとにした方がよさそうだ。……じつは、私がジョーとはぐれたときまで、サムが一緒にいたんだ」
「えっ、どうして……」
アレキセイが非常にショックを受けたようだったので、私はあわてて釈明した。
「いや、ジョーがサムに協力しているとか、そういうことじゃない。私とジョーは下層に来てからサムとばったり会って、成り行きで一緒に行動していただけだ。ジョーはきみの身を案じているだけで、他の目的はない。むしろジョーとサムは犬猿の仲だから、いまごろは別行動しているかもしれない。ただ、キノコの幻覚にやられていないかが心配だが」

「それなら……たぶん、大丈夫です。最初はマスクが必要だけど、皮膚から少しずつ吸収するうちに耐性ができるはずです」
私の説明を聞いて落ち着きを取り戻したアレキセイは、自分の言葉を裏づけるかのように、さっき床に叩きつけたマスクを拾って、バックパックにしまった。
「ジョーさんなら、どんなことがあっても切り抜けられますよね。ぼくたちはぼくたちで行きましょう」
アレキセイはそう言うと、意気揚々と歩き出した。私は急いで地図をたたんでついていった。
「きみはすっかりジョーを信頼しているんだね」
「……山猫軒の近くで二人組の不良猫に絡まれたとき、ジョーさんはすごい迫力で二人を追い払ってくれました。それから、何も聞かずにご飯を食べさせて泊めてくれて……強いのに優しいって、すごいことです。それに何より、ジョーさんとのセッションは本当に楽しかった。迷惑がかかるといけないと思って、名乗りもせずに出てきてしまったけど、あとでちゃんとお礼に行くつもりでした」

しばらくすると我々は階段に行き着いた。サムと一緒に降りて来たのとは別の階段のようだ。ここにも、発光キノコが行く手を照らすように両側に生えている。アレキセイはためらうことなく、どんどん降りて行く。
この上にある、さっきオカクラゲに襲われた25階は、再生装置のありかの候補地の一つである。サムと鉢合わせする危険があるとはいえ、アレキセイはどうしてこうもあっさり背を向けてしまうのだろう。

「25階に再生装置がないかどうか、調べたのかい」
「あの階にはありません。僕があそこにいたのは、マスチフ野郎をまいたときにちょっと迷ってしまって、位置を確かめるために行ったからです」

私はとうとう、彼と会ったときから膨らんでいた疑問を口にした。
「アレキセイ、きみはどうしてそんなに下層のことをくわしく知っているんだい」

彼は歩みを止めて、私の顔を見上げた。一瞬のことだったが、深いブルーの瞳に頭の中をすべて見られたような気がした。
アレキセイはすぐにまた正面を向くと、前よりもゆっくりしたペースで歩き出した。
やがて彼は、心を決めたように口を開いた。

「四角石は、発掘現場の出土品じゃありません。ぼくのものです」

質問に対する答えになっていないのだが、そんなことはどうでもよくなるくらい、衝撃的な告白だった。私は思わず、アレキセイの顔を覗き込んだ。

「なんだって。どういうことだ」

(第二十一話へ続く)

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