ジョーと私は、コウモリ人の若き頭領、千夜が示した方向へ大空間を進んだ。と言っても、さらに下層に行くためにはそちらへ進むしかないのだ。
ヘッドランプの光は天井まで届かず、どれくらい高いのかわからない。
エレベーターシャフトから出たところの床はまあまあ平らだったが、進むにつれておびただしいガレキがいくつもの山を作る地形になり、私たちのペースは極端に遅くなった。
地図を読むのが苦手な私は、すっかりジョーにナビゲーターをまかせる格好になってしまった。
「しかし、ひどいところだな。前に別のルートで行った下層は、もう少し秩序があったぜ」
四つん這いで急斜面を登りながら思わずぼやくと、先を行くジョーがしなやかに振り向いた。
「数階層分が崩落したのでしょうな。だから天井がこんなに高い」
「……ということは、いつなんどき床に穴があいたり、上の階が落ちてきてペシャンコになってもおかしくないわけだ。くわばらくわばら」
「もう少しで分岐があるはずです」
ジョーは、カクテルの注文を「かしこまりました」と受けるのと同じ口調で言った。真っ暗な下層でもいつもと変わらない彼の存在はありがたい。
「ところで、コウモリ人たちを驚かせたのは、マスチフのサムだったのかな」
「やつは荒っぽいですからね」
「『山猫軒』に来たことがあるのかい」
「いいえ。店を始めてからは会ってませんね。昔はよく夜中にしょっぴかれて朝まで説教をくらっ……ご指導していただいたものですが」
不良猫の顔がチラリとのぞいた。私は内心ニヤリとした。
「私が探偵見習いをしていた頃はまだ警官だった。熱心で、真面目な青年だったんだがなあ」
「そうでした。あんなことがなければ……」
ジョーが止まった。私は追いついて、息を整えた。頂上についたのだ。
目を塞がれたような真の闇。ヘッドランプで下を照らすと、ガレキの下り斜面がどこまでも続いているようだ。
その闇の中に、ぼんやりと白い点が現れた。じっと目をこらすと、点はだんだんに大きくなって、生き物の形になった。
斜面を登ってきた小さな白いイタチが、私たちの前で提灯のようにぼうっと光っていた。
分岐の手前で、どちらに進むべきかを教えてくれる「オサキ」だ。こういった情報も地図に載っている。
私はジョーに目配せした。彼は無言で頷くと、リュックの中から漆塗りの弁当箱を取り出した。私があらかじめ頼んでおいたのだ。
ジョーが弁当箱のフタを開けると、うまそうな甘辛いにおいが立ちのぼった。口中にツバがあふれてくる。
箱の中には、汁気たっぷりのつやつやしたいなり寿司が5つ、きれいにつめこまれていた。
「山猫軒」特製のいなり寿司を、マスターが自ら手にとり「オサキ」の口元に運ぶ。
光るイタチは、小さな口を開けて食らいついた。上品そうな見た目に似つかわしくない貪欲さで、がつがつとあっという間に食べつくす。ジョーはすかさず、二つ目のいなり寿司を差し出した。オサキはそれもみるみる平らげる。
そうやって、箱はあっというまにカラになった。私はむなしくツバを飲み込んだ。
オサキは満足そうに舌を出してペロリと口のまわりをぬぐうと、かろやかに身をひるがえした。二つに裂けた尾が、ふわりと宙に踊る。先導するから「お先」かと思っていたが、「尾裂き」なのか。
私たちはオサキについて坂を下り始めた。
(第十五話へ続く)
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